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愛があるなら

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 月に一回の土曜出勤の日。
家に帰る途中の電車の中、胸ポケットの携帯電話が振動する。
取引先だったら嫌だな。
内心、舌打ちをしながら、携帯のディスプレイを見る。
『まゆ』
俺は表示された名前を見て、凍りついた。



 次の駅でホームに降り立ち、電話をかけ直す。
二回目の呼び出し音が途切れて、まゆの声が聞こえてきた。
「もしもし」
「おぅ、俺だけど」
「『俺』なんて知り合いはいません」
まゆが冷たい声で、電話を切ろうとしている。
慌ててそれを遮るように怒鳴る。
「お前が最初にかけてきたんだろう! で、今度は何なんだ?」
まゆは言う。
「彼と別れた」
何人目だ。
つか、何ヶ月続いたんだ?
「で?」
「『で?』じゃないわよ!! 飲みましょ!!」
ちょっと待て。
「今日これからならいいけど、明日は勘弁な」
さすがに貴重な休みを飲みでつぶされるのはごめんこうむる。
「今からって、今どこなのよ」
「うちの最寄り駅、忘れたか?」
俺が住んでいるのは地元から六駅ばかり東に離れている。
ここからなら乗り換え入れても30分もかからない。
かつてまゆが結婚間近の彼氏と同棲していた街だ。
あとは式をあげるだけ、になった状態で彼氏が他の女――しかも、彼女の短大時代の友人だった女だと後から別の友人から聞かされた――と手に手を取り合って駆け落ちした。
古い映画じゃあるまいしなぁ。
あの映画は挙式の最中だったっけ?
そんなことを思いながら電話を切れずにいると、声が聞こえた。
「行くわよ。行きゃいいんでしょ」
どうやら開き直ったようだ。
言いだしっぺはあっちなのに、何でそんなにえらそうなんだ?
「駅着いたら電話しろ」
それだけ言って、電話を切った。
俺、古谷周一と彼女、中野まゆ。
小・中・高校の腐れ縁は社会人五年目の今でもこんな風に続いている。




 家に帰る前に、コンビニへと足を向ける。
あいつ、尋常じゃなく飲むからなぁ。
仲間内からはあいつは『笊(ざる)』だと言われていた。
笊で水をすくうみたいに、がんがんと酒量を上げていくのだ。
中高が附属だったから、いわゆる新学期になっても新顔はほとんどいなかった。
学生時代の仲間たちとは社会人になってから頻繁に会うことは少なくなったが、たまにしか会わないもうひとつの家族のように感じることもある。
そんな中で唯一、小学校まで同じなのがまゆだった。
まゆから駅に着いたとメールが入ったのは、家につくと同時だった。
意外と早いな。
脱ぎかけた靴をはき戻した。



 「しゅういちぃ〜」
駅の改札にやってきたまゆは完全に酔っ払いだった。
よくここまで乗り換えてこれたなぁ。
通称『笊(ざる)』にも、今回の別れがかなりのダメージだったのか。
「何で飲みに来たくせしてすでに酔ってんだよ?」
「い〜いじゃなぁい、ねぇ? 何も考えたくなぁ〜い」
酔っ払いに呆れながら、何とか家までひきずるようにして連れて来た。
着いた途端に玄関で寝やがるし。
明日が日曜で助かったぜ。
「ほら、まゆ。玄関で寝るな、風邪ひくぞ」
「……ん〜」
動こうとしないまゆを部屋に引きずり入れて、毛布をかけてやる。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して、俺はその隣に座る。




 まゆの額に汗ではりついた前髪をそろりと離してやる。
何でこいつ、男にふられると俺のところに来るんだろう?
俺らの年齢の女ともだちだと結婚だ、出産だと環境が変わるから会いに行き辛いのかもな。
「周一……」
ふと、まゆが俺を呼ぶ。
寝言だろう、そうだと言ってくれ。
そんな甘い声で呼ぶな。




 まゆが俺にこうして会いに来る。
そこに友だち以上の気持ちがないことぐらい、とうにわかってる。
こいつの気持ちが愛にならなくても、俺の中には存在してるのに。
こうして触れられる距離にいても、堂々とその手を取れない。
それでもこれが愛だというなら、答えを聞けなくてもこうしてまゆが会いに来てくれる限りは、俺はまだ大丈夫。
そんな気がした。





                                                                                  

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