部活の時間、俺は整列の時にわざと永野の近くに立った。
三年生が五月の市大会で引退したので、二年生の練習の隅っこで俺たち一年生は球を打たせてもらえるようになった。
「おい」
永野が林に声をかけようとするところに、俺が声をかける。
このへんも佐々田や林と打ち合わせ済みだ。
「永野、一緒に球打ちやらないか? いつも林とばっかりだと飽きるだろ」
「あー……うん」
『飽きる』というあたりに心当たりがあるのか、永野はあっさりうなずいた。
「じゃ、やろうぜ。俺、こっちでいいかな」
自分が今いるほうのコートを指さす。
「いいぜ」
「よろしく」
永野がコートの立ち位置を決めたところに、ちょっと強めの取りきれない球をわざと打ち込む。
永野は球を受けきれず、グラウンドの方に走っていく。
「悪いな」
永野が普通に打ち返した球を、またきつめのコースに打ち返す。
球はまたグラウンドの方へ走って取りに行く。
これがずっと続く。
15分か20分くらいの球打ちで、永野は汗だくになった。
まともに球が打てるのは、自分が拾って来た球を打ち始めた時だけだから当たり前か。
練習が終わっても1日目は何も言わずにおいた。
へたなことを言って、明日、俺と組むのを嫌がられては困る。
次の日の放課後も当然、相手は永野だ。
朝練の時は佐々田と組んだが、本当はこちらの方がやりやすい。
しかし、今日だけ我慢することにした。
今日も昨日と同じ手で、永野と組んだ。
今日も昨日と同じく永野は汗だくになっていた。
部活が終わったあと、永野に詰め寄られた。
「おい、鈴木、お前何だよ。あれは!」
「何が?」
「お前、きついコースばかり打って、わざと俺を走らせただろう!!」
「そんなことしてないよ。 俺、下手くそだからさ」
「佐々田とは普通に打ちあいしてるじゃないか!」
「たまたま調子がよかっただけだ。放せよ」
永野は練習着のTシャツをつかんでいた。
「鈴木、帰ろうぜ」
佐々田が声をかけてくる。
「おぅ。今、行く」
永野ににらみつけられたまま、その場を離れる。
「危なかったな」
佐々田に小声で呟く。
「見てたなら、助けろよ」
「あれ以上、永野がからんだら助けようと思っていたさ」
「早く着替えて帰ろうぜ」
校門を出ると、もうすっかり暗くなっている。
隣を歩く佐々田が俺に尋ねてくる。
「なぁ、鈴木」
「何だよ?」
「昨日今日のあれって、やっぱり藤谷のためなのか?」
「そうだよ」
友だちの仕返し、だって言ったのに、まだ判ってないのか。
昨日見たあいつの顔には、うっすらとほほに傷が入っていた。
女子の顔にあんなケガさせるなんて、最低じゃないか。
「藤谷のこと、好きなのか?」
その質問は突然来た。
「どういう意味だ」
「だから、友だちとしてか、女子として好きかどっちかってことだよ」
「……わかんねぇ」
藤谷は藤谷であって、今までそういう目で見てこなかった。
「女子として好きなのか」と言われてしまえばそうかもしれないし、そうでないかもしれない。
まだ気づきたくない。
いつか、白黒はっきりさせなきゃいけないとしても。
神様。
どうか、もう少しだけ俺たちをこどもでいさせてくれないか。
男も女も関係なく、無邪気に笑っていられるように。
終