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夕日と秋桜

       
 「あーっ!」
校門を出る辺りで話題が明日の漢字テストのことになって、あたしは”そのこと”に気づいたのだった。
「いきなりどうしたの、沙綾」
「びっくりさせるなよなー」
前を歩いていた輝と星香が足を止めて、あきれ顔でこっちを見ている。
「漢字ドリルをさぁ、机の中に入れっぱだったのを思い出した」
「あちゃー。でも、気づいて良かったねぇ」
「さーやは本当、抜けてるよなぁ」
「なによ、輝には言われたくないもんね。あんたなんか、忘れ物しない日の方が少ないくせに」
「うるせぇなぁ。っつーか、おれがテストの話しなかったら、お前気づかなかったくせに。ちょっとは感謝しろよ」
「違うでしょー、テストの話したのは輝じゃなくて星香だし」
「沙綾、ケンカしてないで、早く取って来た方がいいよ。教室閉まっちゃう」
「そっか、やばっ!」
星香の言葉に、あたしははっとして校舎の方を振り返る。
五時になると先生が校舎の見回りにきて、教室の鍵を閉めていってしまうのだ。
「行ってくるわぁ。先帰っててー」
「どうせ勉強したって変わらないだろ」
「あんたと一緒にしないでよ、ばーか! あ、星香また明日ね」
「うん、またねー」
輝にぷいとそっぽ向いて見せ、星香に手を振りながら、あたしは校門の中へとダッシュした。

 

 グラウンドを横目に見ながら、少しだけ坂になったアスファルトの道を駆け上がり、校舎の方へ。
赤いランドセルをべこべこと鳴らしながら、あたしは走る。
そのまま中庭を駆け抜けようとして――あたしは、思わず足を止めてしまった。
花壇の片隅で、夕日をうけて咲くコスモスの花。
ピンクの花びらがオレンジ色の光に染まって、本当にきれい。



秋の夕暮れ 秘密の時間
      ピンクのコスモス ほのかに染まる
  秋の夕暮れ 秘密のココロ
  だれも知らない ちいさな恋




ふと、そんな詩の欠片が降ってきて、あたしは頭の中のメモ帳にそっと書き留めておいた。
――うん、われながら良い詩かも。
すてきな景色に出会ったときや、心がドキドキしたとき。
カメラのシャッターを押すみたいに、その瞬間を書き留める。
それは、誰も知らないあたしの趣味だった。
詩を書くことが好きだなんて、輝や星香や、クラスの友達には絶対話せない。父さんや母さんにだって秘密だ。
小さな頃から男子の中に混じって遊んでいて、お絵かきや手芸なんかよりドッヂボールが大得意。そんなあたしが詩を書くだなんて、恥ずかしくて言えやしない。笑い者もいいところだ。
そうだ、こんなことをしている場合じゃない。
忘れ物を取りに来たんだった。
コスモスに背を向けて、あたしは再び走り出した。
中庭を抜けて、校舎の昇降口へと駆け込む。
運動靴を脱ぎ捨てて、廊下に上がる。本当は上履きに履き替えないと
いけないんだけど、めんどくさいから靴下のままで上がっちゃう。
階段を駆け上がり、二階にある6−Bの教室へ。
勢いよくガラガラと戸を開ける。
驚いたことに、教室は空っぽじゃなかった。
「あ……神崎さん」
夕日の射し込む窓際の席に一人ぽつんと座っていたのは、海太だった。
森山海太。
なんだか元気いっぱいの自然児みたいな名前だけど、色白で小柄。
口数も少ないし声も小さいし、いかにも大人しい子、っていう感じの
男の子だ。6−Bであたしのことを苗字プラスさん付けで呼ぶ男子なんて、海太一人しかいない。
「なんでこんな時間まで残ってるの?」
自分の机にランドセルを降ろしながら、あたしは海太に尋ねた。
「うん。これ、書いてた」
ぼそぼそと、そしてゆっくりとしたしゃべり方で、彼は答える。
彼はいつだって、こういう風に話す。
クラスでは、このいかにもとろくさい感じの海太のことを、ばかにしたりからかったり、そうじゃなくても遠巻きにする子が多い。
あたしもまぁ、この子とはどうもテンポが違うなぁって感じるけれど、何もそこまでしなくたっていいと思うんだ。別に、嫌な子じゃないんだし。
これ、と言って海太が右手に持った鉛筆でトンと指し示したのは、
学級日誌 だった。
そういえば黒板の今日の日直欄には、彼の名前が書いてある。
「神崎さんは、どうしたの?」
「あたしは、忘れ物しちゃって」
あたしは机の中からピンク色の漢字ドリルを取り出して、海太に示してみせる。
海太はしばらくの間じっとそれを見つめていたかと思うと、ぽそりと小さく笑った。どこかワンテンポずれた反応。
やがて海太は、目線を手元の日誌に戻した。右手の鉛筆で何か書き始めるのかと思いきや、けれど彼は微動だにしないまま、日誌の一点をじっと見つめている。……変なの。
「どした? さっきから何も書いてないけど」
さすがに気になって、あたしは声をかけてみる。
海太はおずおずと顔を上げて、あたしの顔を見た。
「あのさ、神崎さん。五時間目の算数って、何やってた?」
「……は?」
あたしは一瞬訊かれたことの意味が分からなくて、思わず聞き返してしまった。
「何って、場合の数でしょ?」
「あぁ、そっか、そうだった。あの時ちょっと、考えごとしてたから、すっかり忘れちゃって」
「もう、しっかりしてよー」
あたしは呆れてしまった。
五時間目なんてついさっきのことなのに、海太ってば本気で忘れちゃったのかなぁ。それとも本当に、考え事して自分の世界に入り込んじゃってたのか。何にしても、本当にマイペース、ぼんやり、おっとり……海太の周りはなんだか違う時間が流れてるんじゃないかっていう気がしてくる。
「それに学級日誌なんて、適当に書いて出せばいいんだよ」
「……うん」
あたしが言うと、海太は日誌の空欄をのろのろと埋めながら、『うん』とも『ううん』ともつかない返事をした。
「書けたなんらそれ、先生の机の上置いて来なよ」
「……うん」
「早く帰らないと、先生が来ちゃうよ」
「……うん」
「海太、さっきから『うん』しか言ってない」
「……うん」
なんだかマンガみたいな会話で、あたしは吹き出してしまった。




 それから、のろのろと帰り支度をする海太を何度か急かしつつ、どうにか先生が来る前に校舎を出ることができた。
外はもう、さっきよりも随分と暗くなっている。
「神崎さんって、コスモス、好きなの?」
海太が唐突にそんな質問を投げかけてきたのは、ちょうどあのコスモスの咲く中庭にさしかかった頃だった。
滅多に自分からは口を開かない海太が、こうして話しかけてくるなんて、ちょっと珍しいかも。
「なあに、突然?」
「さっき、じーっと見てたから」
あたしはその場に凍り付いた。
「な……なんで知ってるのっ!?」
「教室から、見てた」
「――っ!!」
あたしはえぇー! ともうわぁー! ともつかない不思議な叫び声をあげてしまった。
不覚すぎる。まさか、そんなところから見られてたなんて……!
そういえば海太は窓際の席に座っていたっけ。
「あ、あたしなんか見てないで、さっさと日誌書いちゃいなさいよねっ!」
「うん、ごめん」
「……いや別に謝らなくてもいいんだけど……ああぁぁーーもうっ!」
海太の反応で余計に調子が狂って、あたしはまた挙動不審になってしまう。
そんなあたしのことを――けれど海太は、笑うでもなく訝しむでもなく、ただ穏やかにじーっと見つめていた。女子としては羨ましくなるような、大きなまあるい二つの目で。
それに気づいたとき、あたしは何故だか、妙にドキドキしてしまった。
「詩を、考えてたの」
それで……気が付けばあたしは、自分から白状するはめになっていた。
からかってくる男子には慣れっこだけど、海太みたいなのにはさすがに耐性がない。反則だわぁ。
「詩?」
「その……コスモス見てたら、思いついたから」




             秋の夕暮れ 秘密の時間
             ピンクのコスモス まっ赤に染まる
             秋の夕暮れ 秘密のココロ
             だれも知らない ちいさな恋




 勢いで披露してしまった瞬間。恥ずかしさが一気に追いついてきて、
あたしのほおはカッと熱くなった。
「お、おかしいでしょ。あたしが、こんな詩を考えるなんて」
「え、なんで?」
「なんで、って」
「とても素敵な詩だと思うよ、ぼくは」
そんな台詞を……海太は、いつものあのゆっくりとしたしゃべり方で
一言一言、とても大事に言ってくるのだ。
「や、やめてよ、恥ずかしいからっ」
あたしはぷいと海太から顔を逸らして、早足で歩き出す。
さすがにちょっと……いや、かなり照れくさかった。
でもやっぱり嬉しくて、ついつい口元がふにゃっと緩んでしまう。
本当は「ありがとう、嬉しい」ってちゃんと伝えてあげたいけど、それこそ恥ずかしくて言えない。
ああ、でもこんな態度じゃ、海太、あたしが怒ってるんじゃないかって不安になっちゃうかなぁ。
ちらり、と肩越しにうかがうと、どうやらそれは杞憂だったみたい。
あたしの心中を知ってか、それとも単にいつものマイペースっぷりを発揮しているだけなのか、海太は相変わらずゆっくりと歩いている。
だからあたしもすぐに、歩く速さを元に戻すことにした。



 それから、二、三歩分の妙な距離を保ったまま、あたしたちはとぼとぼと歩いた。
沈みかけの夕日を背に浴びて、二人分の影がずっと遠くへ伸びていく。
「コスモスって、宇宙っていう意味があるの、知ってる?」
しばらくして、背中越しに海太が尋ねてきた。
「宇宙ー?」
ほおの熱いのがまだおさまらないから、あたしは振り返らずに聞き返す。
あたしがだんまりを決め込んでるせいか、海太はやけによく喋る。
なんだか新鮮だ。
「英語でコスモスって言うと、花のコスモスっていう意味と、宇宙っていう意味と、両方あるんだって」
「へぇー、知らなかった。でも、何で宇宙なの?」
そう尋ねると、アスファルトの上に伸びた海太の影がぴたりと動きを止めた。
不思議に思って、あたしも足を止めて振り返る。
「うーん」
海太は小さくうなりながら、何かを考え込んでいる様子だった。
あたしの視線に気づくと、ちょっと困ったような笑みを浮かべる。
そしてふいに、夕暮れと夜のせめぎ合う空を見上げた。
あたしも、海太を真似して空をみる。何だろう?
「あのね」
その姿勢のまま、ぽつり、と海太は言う。
「むかしむかし、人間はね、地球じゃない別の惑星からやってきたんだって。その時に、もともと居た惑星に咲いてた花の種を、地球に持ってきて、育てた。その、ふるさとの惑星のことを懐かしんで、昔の人間は、その花に宇宙っていう意味の名前を付けたんだって。それが、コスモスの花」
「へぇー……」
ゆっくり、ゆっくりとしゃべる海太の声が、そよ風みたいに心地よく耳をくすぐってゆく。
暗青色と朱色がグラデーションになった、夜のはじまりの不思議な色の空。
薄闇のなかにちらほらと見え始めた星のどれかが、もしかしたら海太のいう”ふるさとの惑星”なんじゃないかって、そんな風に思えてきた。



 とろくさそうに見えるけど、海太って意外に物知りなんだなぁ……なんて、つい感心してしまったのだけれど。
「っていうのは、僕が考えた話」
「――ええぇぇっ!?」
あっさりと言われて、あたしは思わず叫んでしまった。
信じちゃった。
今あたし、完全に信じちゃったよ。
「か、海太って」
だまされて恥ずかしいのと、純粋にびっくりしたのとで、あたしは興奮気味に口を開く。
「すごくおもしろいこと考えるんだね。クラスでも、そんな風に話せばいいのに」
恥ずかしさをごまかすように早口にまくしたてながら、あたしは何だか妙に嬉しいような、誇らしいような、変な気分になった。
誰も知らない秘密の宝物を見つけたような、そんな気分。
けれど海太は、あたしの言葉にぶんぶんと首を横に振るばかりだった。
「恥ずかしいもん、やだよ。絶対笑われるし」
「そんなことないよ。おとなしくって何考えてるか分からないより、全然良いし」
力強く言って、あたしはまっすぐに海太の目を見つめた。
すると、黒目がちの大きな目が、びっくりしたように二、三度まばたきを繰り返す。
「――じゃあ、神崎さんも」
それから……ぽつりと小さく、でもいつもとは少しだけ何かが違う口調で、海太はつぶやいた。
「あたし?」
「コスモスの詩」
「えぇーっ、やだよ、恥ずかしい。絶対笑われるし」
 反射的にそう答えて、一秒、二秒。
「あ……」
互いに顔を見合わせて、あたしと海太は同時に吹き出してしまった。
あたしってば、さっきの海太とおんなじこと言ってる。
その時の海太の笑顔は星がいっぱいにちりばめられた宇宙みたいにキラキラと輝いて見えて、あたしは不覚にもまたドキッとしてしまった。
クラスでもそんな風に話せばいい、なんてさっきは言ったけど、やっぱりちょっと訂正。
――秋の夕暮れ、秘密の時間。
あの笑顔はもう少しだけ、あたしだけの秘密にしておこうかなぁ……なんて。 


                               



                                         
Fin.


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ななせみつき様とは『お気楽感想同盟』を通じてご来訪いただきました。
こちらはななせ様のサイト【Colorful Life】(閉鎖)のキリ番2222ゲットということでいただいてまいりました。
「空」「秋桜」というテーマを使っていただきました。
ありがとうございました!
        
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