出会わなければ――

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 夏休みのある日、中平市立西山中学校3年B組の教室では二者面談が行われていた。
「……藤谷、もっと上の高校に行かないか?」
担任である高崎祐介の前にいるのは、藤谷水樹という女子生徒である。彼女はこの学校初の女子生徒会長である。
それでいて成績は、三年間学年トップを走っている。
女子バスケ部の元エースでもある、彼女のことを知らぬ者はこの学校にいない。
「千寿西高にします、って二年生の時から何度も言ってますよね?」
千寿西高校は受験可能な公立高校の中では、普通レベルに属している。
彼女が受験すれば、よほどのことがないかぎり合格は間違いないだろう。
しかし高崎はなぜ、水樹が千寿西高にこだわるのかわからずにいた。
調べた限りでは、千寿西は特定の部活動が盛んというわけでもない。
受験可能地区の進学校である千寿南高校や第二女子高、向井沢高校を受験しても充分な学力があるというのに。


 水樹は、その十分後、高崎教諭から解放された。
その足で、生徒会室に向かう。



 生徒会室で、水樹は食事を取る。
とうに昼は過ぎていた。
話が長引くであろうことは最初から判っていた。
去年からずっとこの調子だったからだ。
担任は何とか妥協点を探れないか、と思っているようだが、水樹には最初からそんなものはない。
来る途中で買ってきた菓子パンと缶ジュースを食べ終えると、生徒手帳を取り出した。
毎年、カバーの色が違っていて今年はペパーミントグリーンだ。
最後のページに挟まれた写真に向かって、呟く。
「……無駄なことなのかな、光輝」



 水樹は学区外の南町小学校を卒業して、西山中学校に入学した。
「光輝」は、その時の同級生、「松原光輝」のことである。
彼は、別の中学に進む彼女に言った。
「俺、千寿西高校に行く。お前も中学卒業したら、来いよ」と。
千寿西高には、当時、彼の兄が通っていたのではなかったか、と記憶している。
五つ上の兄をとても尊敬していて、家族の話が出ると真っ先に兄のことを話していた。
「うん。行くよ」
「約束だからな」
「約束だからね」
そう答えて、彼女はたくさんの同級生たちと離れ、ひとり隣の西山中学にやってきた。



 彼とのかすかな約束が、水樹を動かしている。
もし、彼と、同級生たちと出会わなければ、今の彼女はここにいないだろう。
不安はある。
彼はそんな約束を忘れて、別の高校に進むかもしれない。
合格できないくらいの成績かもしれない。
仮に受験していても、どちらかが不合格ということだって有り得ることだ。


    
 それとは別に違う高校に行った方が、後の進学に有利に働くということも判っている。
千寿西高校はあまり大学への進学率が高くない。
それは本人しだいで挽回していけるだろうと思っている。



 それでも、信じたいと願う。
来年の春に、彼と同じ高校にいることを。
『約束』の地で、二人、笑いあうことを。






                                          
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