ふたり

モクジ

他人に触れると、頭痛がすることを知ったのは5歳のときだった。
きっかけは幼稚園のお遊戯。
普通の子供ならなんでもないお遊びの時間、急に私は倒れた。病院に連れて行かれたけど、
原因不明と診断された。
その時はそれだけですんだが、その後たびたび倒れるようになると母は私を連れて
病院をハシゴする。


母は『原因不明』の診断が下るたびに半狂乱になっていた。
男の子が欲しかった父は私に無関心だったから、実質母子家庭のようなものだった。
無関心なうえに触れられない娘を持った父はどうしていいかわからなかった
だろうと、今なら思える。


自分から触るだけじゃなく、相手に触られても同じことが起きた。
成長するにつれ、倒れるほどの激痛はなくなった。
自分から他人に触らなくなる術を身につけた。
触れなければ、痛くないから。
周りには変わり者扱いされたが、辛くはなかった。
次第に、これが運命だと受け入れるようになっていた。



 私が彼に出逢ったのは、高校の入学式だった。
電車通学が困難だったから、必然的に近所の中堅レベルの学校に通う
ことになった。
教室に入って、一番最初に目に入ったのが彼だった。
一目見ただけで、指先までしびれた。誰かをいとしいと思ったことの
ない私は戸惑っていた。


やがて私は、彼とつきあい始める。
あくまでも冗談っぽく「つきあってみない?」と言ったところ、あっさり承諾の返事をもらえた。
初めて手に触れた時、倒れはしなかったけどやはり頭痛はやってきた。
あぁ、またか。そう思ったけれど、耐えられた。


顔色が変わったのに気づかれて、彼が顔をのぞきこむ。
「咲、どうかした?」 
「ううん。なんでもない」
「気分でも悪いのか?」
「そうじゃないよ」
触れる程度だった手を強く握り返した。
彼が動揺したのがわかる。
「ずっと一緒にいてくれる?……いられるかなぁ?」
「いられるよ……っていうか、いてくれよ」




彼が隣にいてくれる。
この幸せが続くならば、痛みなどいくらでも耐えてみせる。
彼は私の唯一の希望。
『私』の人生に差し込んだ、光。



モクジ
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