眠れない夜に、羊を数える。
結構、一般的な眠るためのおまじない。
眠れなくなったのは、いつからだったろう?
今日も私は眠れずに、夜中に鳴るはずの彼からの電話を待っている。
十一時を回ったころ、枕元の携帯電話が震え始める。
着信のディスプレイには彼の名前。
「もしもし」
「……もしもし、」
久しぶりに聞いた彼の声に、耳を澄ます。
声を聞いただけなのに、泣きたくなる。
「亜美? どうした?」
「ううん、何でもない。
由弦、風邪ひいたりしてない?」
「おかげさまで。こっちはそっちよりも暖かいからな」
二年前、彼は大阪へ転勤になった。
ついて行きたかったけど、実家住まいの学生には到底無理な話。
『すぐにこっちに戻るから』の言葉を信じて、今年、地元の会社に就職した。
長期の休みには帰ってきてくれるし、電話もメールもちゃんとくれる。
時間は深夜が多くて疲れてるだろうけど、それだけ私のことを考えてくれてるって思ったら嬉しい。
それでも、時々不安になって。
羊を数えても眠れない夜がくるけれど。
――本当に、私でいいのかな?
――近くにいてくれる女の子の方がいいんじゃないのかな?
私は何もしてあげていない気がする。
彼にどれだけ想いを返せているかな?
答えは出なくても、どうしても考えてしまうこと。
「亜美?」
ずっと黙ったままの私に、名前を呼ぶ彼の声。
「ごめん……半分寝てた」
「うわ、ひっでぇ」
「だから、ごめんってば。次はいつ帰ってくるの?」
「28日に帰るよ。――だから、正月明けまでずっと俺といて? 初詣もすっとばして」
確認するような、誘うような言葉に心がさざめいた。
「うん……」
もうダメだ。
この先もずっと彼を好きでいていいなら。
手放すことだけを考えるのは、やめよう。
もっと明るい未来を夢見よう。
「でも、初詣だけは行こうよ」
「わかった。楽しみだな」
時計を見ると、日付を越えている。
今日も六時半には起きて、仕事に行かなくちゃいけない。
「もう寝るね。おやすみ」
「おやすみ」
電話を切って、ばたりと倒れこむようにして眠りにつく。
羊を数えるより、よく眠れる。
隣に彼がいたなら、きっともっとよく眠れるかもしれない。
一緒に初詣に行って、お願い事をしよう。
これからも、ずっと隣にいられるように。
終