風花

和田佳苗は春休みの真っ最中に片道一時間半もかけて、バスと電車を乗り継いで大学へやってきた。

彼女のかばんの中には一週間かけてようやく書き上げたレポートが入っている。必修の四単位が認められるかどうかがかかった大事なレポートだ。

 バスが大学前の終点に停まり、お金を払って降りる。客は彼女一人だ。タラップを降りたとき、佳苗は初めて雪が降っていることに気づき、驚いた。
自宅を出てきた時には、これ以上ないだろうというぐらいに晴れていたからだった。
 この時期に雪が降ること自体はこの辺りでは別に珍しくもなんともないことだったが、佳苗が驚いたのは、その雪がまるで散ってゆく花のように見えたからだった。
雪が大量に降っているわけではなく、ちらついている程度の降り方であるのもそう思わせる原因かもしれなかった。


 ふと佳苗はこの、雪が散る花のように見えることを、何と言うのだったろうか思い出せなかった。
大学前の大きな門をくぐると、校舎にたどり着くまでにはまっすぐ伸びている道を少し歩かなくてはならない。
寒さにうち震えながら、首をすくめて掲示板の前を通過する。
 前もよく見えないまま歩いていると、校舎のほうからこちらに向かって歩いてくる人影が見えた。
見覚えのある感じがしたので、目を凝らして相手をよく見るとそれは友人の宮原瑛子だった。先にレポートを提出してきたところらしい。
彼女も歩いてきたのが佳苗であることに気づいたらしい。
「レポート、今から?《
「そう。瑛子はもう提出してきたんでしょ?《
「うん《
「教務課、混んでた?《
「全然。だって、休み中だよ? 混んでる方がおかしいよ《

 佳苗は彼女ならさっきの答えを知っているかも知れないと思い、何気なく尋ねてみた。

「ねぇ瑛子、あの……雪がさ、飛んできて花みたいに見えるのを何て言ったっけ?《
「風花のこと?《

 あれは”風花”と言うのか。
佳苗の中の疑問は意外と簡単に解消してしまった。

「多分それのこと……だと思う《
「あたしもよく覚えてないけど確か、雪が降ってる場所から風に乗って飛んでくるとかそういう意味だったはず《
「そうなんだ《



「あたし、そろそろ行くね《
「待って。 一緒に街に行かない?《

 歩き出していた瑛子を佳苗は引きとめた。
 佳苗が”街”と呼んだのは市の中心街のことである。市のはずれにあるこの大学に通う学生たちは皆、自宅に帰ったり市の中心街に出ることを“街へ行く”とか“山を下りる”と言っているのだ。
 いつもなら簡単に彼女の誘いに乗らない瑛子だったが、何を思ったのか二つ返事で頷いていた。

「いいよ《
「ここで待ってて…と言いたい所だけど、この寒さじゃそうもいかないか《
「じゃあ、教務課の前のロビーにいるよ《
「ごめん、そこで待ってて。すぐ終わらせてくる《

そう言って佳苗は瑛子と一緒に教務課のある建物へと向かい始める。
 歩き出した二人の後ろ姿に、風花が静かに舞っていた。
モクジへ
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