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たとえば、こんな人たち

モクジ
 『たとえば、こんな人たち』

俺の彼女の理沙は、一言で言うと変わり者だ。
小学校にあがる時のランドセルの色といえば、たいてい男は黒、女は赤と決まっていたように思う。
今はいろんな色が選択できるらしいが、俺たちのころはそんなことはなかった。
しかし、彼女は『ランドセルはピンクがいい!』と両親に告げたという。
そんなことを娘が言い出すとは思ってもみなかったのだろう、両親は大変困惑したらしいが。


両親は『遠足のリュックサックは好きな色にしていい』と譲歩案を出し、彼女はそれにしたがって赤色のランドセルとピンクのリュックサックを手にした。



それからも彼女は何かを選ぶときには、人の選ばないものを選んできた。
いわく、「他人が『いい』と思うものが、自分には『いい』と思えない」のだと。
だから、時々「流行遅れ」と思われるものを手にすることもある。
でも、気にしない。
「流行のものを追うことだけがいいことではない」
俺は彼女から、そのことを教わった。


つきあい始めて三年目のバレンタインの今日、俺は最寄りの駅前で彼女の理沙が来るのを待っている。
十五分くらい前に「会社を出た」というメールが来たから、もうすぐ来るだろう。
今年はどんなチョコをくれるだろう?
そんなことを思うと、顔が自然にほころんでしまう。
一昨年はまだつきあい始めて最初のバレンタインだったからか、某有名ブランドのチョコをくれた。

去年は彼女の郷里の特産品、桃カステラだった。

『桃カステラ』とはその名のとおり、桃をかたどった砂糖菓子が上にのったカステラだ。
カステラ部分は全部食べられたが、砂糖菓子は甘すぎて食べかけを彼女に渡してしまった。
チョコでなかったことに文句をつけたが、「いいじゃない。おいしかったんでしょ?」と言われて納得させられた。


雑踏の中に理沙の姿が見える。
5センチヒールを履いているのに、一生懸命走ってこようとしている。
「達也、待った?」
息切れしながら、尋ねる理沙に「いいや」と首を振る。
「行こうぜ」
部屋は暖めてから、出て来た。今日は寒いから、ちょうどいいだろう。


途中で夕飯の買い出しをして、部屋に急ぐ。
つないだ彼女の手はずいぶん冷えている。
「手袋、しないのか?」
「持ってるよ。でも、したら手つないでくれないでしょ?」
あぁ、そんな可愛いこと言わないでくれ。今すぐにでも抱きしめたくなる。
「そんなことないよ」
そう言いながら、つないだ手を強く握りしめた。



部屋に着くと、コートを脱いですぐに彼女がカバンを探り始める。
そして、小さな箱を取り出した。
「これ、今年の分。忘れないうちに渡しておくね」
「ありがとう」
開けてみると……それはチョコではなかった。
白っぽい物体である。
「……これって、何?」
「ようかんよ」
チョコ、もしくはそれに類するものを期待していた俺はガックリと肩を落とす。
彼女に、いわゆる『普通』を期待した俺がバカだったよ。そういや、理沙は老舗和菓子屋の販売員だったっけ。
俺の様子がおかしいのに気づいた理沙は、それを台所に持っていく。
台所から戻ってくると、うなだれたままの俺に声をかける。
「こっち向いて」
言われるがままに顔をあげた俺の目の前に、彼女の顔がある。


彼女が上からキスしてきた。と、思ったら口の中に違和感が。チョコの甘い香りがした。
喉に何かの塊が滑りこんでいったのが判る。
唇を離して、尋ねる。
「今、口の中に何入れた?」
「さっきのようかんよ」
ようかんの味などしなかった。したのは、チョコの香りだけだ。
「チョコの匂いはしたけど、ようかんの匂いはしなかったぞ」
「『チョコ味ようかん』なのよ、これ」
さっき外した箱をながめると、確かにそこには『チョコ味ようかん』の文字があった。
「あんまりがっかりされたんで、ちょっと意地悪してみたの。『普通』のものなんて、もらえると思ってないでしょ?」
「まぁな」
知ってたけどさ。
確かに、これをバレンタインに彼氏に渡そうなんて考えるのは世界中探してもお前ひとりだろう。



してやられた、というところか。
さて、お返しはどんなものにしてやろうか?
この『チョコ味ようかん』を二人で食べながら、考えよう。
ひと月後まで、それを考えるだけで充分楽しめそうだ。





モクジ
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