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 時計の針は夜の10時をまわっている。
年末進行の仕事の進捗が遅く、イライラしながら帰宅する。
ベッドの上にカバンを置くと同時に空気が振動した。
携帯が鳴っている。
こんな時間に、誰だろう。
画面をろくに見ずに電話に出る。


 「はい。 もしもし?」
「みーちゃん?」
聞こえたのは………姉の声だ。
「ちーちゃん? ちーちゃんなの?」
「うん」
「久しぶり。 こんな時間にどうしたの?」
「えっ?! そっちって何時なの?」
「夜の10時過ぎだけど………」
「ごめんごめん、こっちは朝の9時過ぎだから大丈夫だと思って、電話しちゃった」
「そう」
言葉が出てこない。
こうして会話するのも2年ぐらいぶりのはずだ。


 2年前、姉の千鶴は急に会社を辞めて海外に住み始めた。
会社で人間関係のトラブルに巻き込まれて、日本に飽きてしまった、と姉はのちに言った。
それに昔からいつか海外に住んでみたかったのだという。
そして、あっという間に仕事と日系人の夫を見つけて結婚してしまった。
姉の思いついたら即行動の原理はいまだに変わっていないようだ。


 「それで、用件は?」
「んー、みーちゃん、元気にしてるかなーと思ったのと、鷹志が結婚するって」
「は? 鷹志が?」
鷹志は弟だ。
「で、来月顔合わせするから帰ってきてくれってお母さんが」
「そうなんだ」
実家を出たとはいえ、海外よりも近くに住む娘には先に連絡をくれないのか。
母親と弟にがっかりする。
「あ、お母さんと鷹志には私から言うって言ったから、二人を責めないでね」
先回りして思考を読まれてしまった。
こんな時に双子らしさを出さなくてもいいのにな。



 「日取りが決まったら、また連絡するって」
「わかった」
電話を切ろうとした時、姉が急に私の名前を呼んだ。
「美鳥」
「なに?」
「声に元気がないよ。 疲れてるの?」
「そんなことないよ」
「あんまり頑張りすぎないで。 帰ったら、どこか遊びに行こうね」
「うん」
「じゃあね」
そう言うと、姉は電話を切ってしまった。


 何でわかるんだろう。
家族だからなのか、それとも一緒に生まれたからなのか。
遠く離れていても、声だけでいろいろわかってしまう。
本当にわずかにつながった線をたどるみたいに。



 姉は、千鶴は、自分なりに羽ばたいていった。
私も疲れていても、ボロボロになっても自分なりに羽ばたけるだろうか。
これからも、その名に恥じぬように。


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