何でもない一日

BACK 



 休みだというのに、いつもと同じ時間に目覚める。
習慣というのは実に恐ろしい。
冬の朝は訪れが遅い。
―――今日は晴れるだろうか。
天気に思いを馳せながら、テレビとヒーターをつける。


 テレビの声は快晴を告げている。
先日、彼女のカップを洗い物の途中で割ってしまった。
天気がいいなら、少し遠い街まで買いに行くことにしよう。
洗濯機に洗い物をセットして、身支度を整える。
帰って来てから干すことにしよう。


 平日だから、人通りも少ない。
普段よく通る道にいる犬と、鉄柵越しに挨拶を交わす。
こんな日に限ってなのか、信号待ちをすることなく駅へと向かう。


 最寄り駅のバスターミナルから定刻通りにバスに乗る。
いつもは電車出勤だから、普段と違う景色に心が踊る。
目的地に着く三つ前のバス停で、僕以外の乗客が全員降りてしまった。
僕だけ残っているのが、何だか申し訳ない気分になる。


 目的地に到着する。
壊してしまったあのカップは、彼女が持ってきた物だったはず。
全面にたくさんの花が描かれたカップだった。
ああいう物はどこで買えばいいんだろうか?
雑貨屋さんがいいのか。
とにかく歩こう。


 歩き続けていると、花屋が目に入る。
道路際に出ている、やわらかい紫がかった青い花。
「すみません。この花は何という花ですか」
僕は店先にいた店員さんに尋ねる。
「紫苑(しおん)といいます」
ついさっきまで知らなかった花の名前を、僕は口にする。
「紫苑と、かすみ草で花束にできますか?」
「できますよ。 ご自宅用ですか?」
はい、と言いかける。
「いいえ。人に渡します」
「では、贈答用にお作りいたしますね」
そう言うと、店員さんは店の中に入っていく。
僕も後を追うように、店内に入る。


 花束にしてもらって代金を払い、店を出る。
花を見ていたら、彼女のカップはシンプルでもいいような気がしてくる。
彼女は怒るだろうか?
うちには花瓶もないことに気づく。
カップと共に買って帰ることにしよう。


 彼女のカップと小さめの花瓶、そしてケーキを買って家に帰る。
「ただいま」
買ってきた物をキッチンの上に置く。
先に、出る前に仕掛けて行った洗濯物を干す。


 買ってきたカップを洗って乾かし、彼女の大好きなお茶をいれる。
花瓶に花を飾って、チェストの上に置く。
その少し手前に、ケーキとお茶を。
そこにはいつもと変わらぬ、ほほ笑む彼女の写真と指輪がある。



―――結婚して七年、失って三年。
これが僕の、平凡な日常。


BACK 


Copyright(c) 2014 Ai Sunahara all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-