海を見に行く

 海が見たい。



 金曜日の帰り道、いつもの乗換駅をわざと乗り過ごす。
このまま乗り続ければ、終点が海沿いの町であることは知っている。
窓の外は夕暮れが思ったより早くなっていて、すっかり真っ暗だ。
街の灯はだんだん遠くなっていく。




 乗降客もまばらになってきて、もうすぐ終点なのだとわかる。
ドアが開くたびに潮の香りが漂ってくる。
『次は、御崎浜。御崎浜、終点です』
終点のアナウンスが車内に流れる。
降りなくては。




 駅に降り立つと、冬の風に身をすくめる。
海はそう遠くない。
昔、一度だけ来たことがある。
目的地に向かって歩き始める。
家の明かりはまばらで、出歩く人もいない。
駅の近くも駅舎以外は静まりかえっている。



 途中、自動販売機で温かい紅茶を買う。
缶を握りしめながら、海沿いを歩く。
波音だけが闇の中に大きく響く。
歩いているうちに、波打ち際まで降りられる場所を見つける。
防波堤に座り、紅茶を開けて飲む。
芯まで冷えた身体を温めるには、充分だ。



 ここまで来てから、『何しにきたんだろう?』という疑問が頭を掠める。
しかし、来たかったから来た、それでいいと思えた。




 不意に涙がこぼれた。
波音を聴くうちに、気が緩んだのかもしれない。
泣いてもいいんだ。
誰もいないんだから泣き顔を見られることはない。
泣いてしまおう。




 気づかなければ幸せだったんだろうか?
もうずっと前から彼の心が私から離れていることに。
会話も触れる手も、交わす視線さえ段々ぎこちなくなってきて。
それでも彼は決定的な言葉を言わずにいる。
こころが決まったのならそこへ行けばいいのに、だらだら引きずっている。
優しいのか、馬鹿なだけか。
まぁ、そんな男と四年つきあった私も馬鹿なんだろうけど。




 つらくて、でも、誰にも言えなかった想いを置いて行こう。
つきあい始めた頃に、一度だけ来たこの海に。
そして、新しい私になろう。





 メールでも電話でもいい、彼と会う約束を取りつけよう。
これ以上耐えられそうにないから、その前に手を離そう。
――それぞれの、未来のために。






                                  



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