FAKE 2 たとえどれだけ愛されようとも

 早百合はその日、五時間目・六時間目と立て続けに起きていた。
いくら『眠り姫』と周囲から呼ばれていようとも、学校に来て教室にいる限り、授業を聞くことは義務だ。
授業が聞きたくなければ、屋上にでもいれば済む。
五時間目は体育だった。
これでは眠るのは無理だ。
六時間目は視聴覚室への移動で、眠りたくはなったが我慢した。
時々、隣に座った佳乃に手のひらを軽く叩かれたりしていた。
――これが終われば。
今日は恭平と会う約束をしている。
早百合のバイトや推薦入試と、彼の大学の授業の都合がなかなかつかず最近は会うこともままならなかった。
近所に住む幼なじみなのだから、会おうと思えばほんの五分でも時間が作れたはずだった。
携帯のメールさえ控えめにしていたのは、彼のたがが外れるのが怖かったのだ。
『愛している』という言葉とともに、自分に向けられる欲望。
彼のまなざしが『優しい幼なじみ』から、『男』になるその瞬間。
早百合を一人の女子高生ではなく、ひとりの『女』にしてしまう。
今まで知らなかった、もうひとりの自分が引き出されていく。

        

 今日は、どれほど愛されたとしても仕方ないだろう。
積極的に会いに行かなかった自分が悪いのだ。
早百合は学校を出る前から覚悟を決めていた。
最寄駅で待ち合わせていたが、恭平の姿が見えた早百合は驚いた。
待ち合わせをすると、いつも彼は待たせる方が多いのに。
「恭ちゃん」
早百合が声をかけると、植え込みに座っていた恭平が立ち上がる。
「早百合、早いな」
「恭ちゃんこそ」
「今日は四限が休講になったから、早く来たんだ」
「休講って何?」
「先生の都合で授業を休みますよ、ってこと」
「ふぅん」
大学はそんなこともあるのか。
年が明けて春になったら、自分も同じ身分になるであろう早百合は感心していた。
恭平が早百合の手を引き寄せる。
「寒いな」
「雪が降るのかもね。 もうすぐ冬休みだし」
「ウチに来るだろ?」
前置きなしに彼が尋ねる。
それは二人だけの合図。
すでに覚悟していた早百合は、ゆっくりとうなずいた。




 恭平の部屋に入ると座る暇もなく、熱いくちづけが降りてくる。
抵抗はしないと決めていた。
今日はどれだけ心と体を乱されても、そのまま受け入れようと。
恭平の首に両腕を回すと、彼も力強く早百合を抱きしめる。
彼が熱いまなざしを早百合に向ける。
『男』の視線だ。
「愛してる」
答える間さえ早百合に与えず、いったん離れた唇がまた戻ってくる。
一瞬でも離れるのが惜しいようだ。
彼の指が制服のネクタイの結び目の裏にかかったとき、早百合はゆっくり目を閉じた。



 ごめんなさい、恭ちゃん。
あなたがどれだけ私のすべてを愛してくれても、同じだけの気持ちを返せない。
好きで、愛しいと思う気持ちは確かに自分の中にある。
なのに、何かがブレーキをかけている。
どうして?
わからない。
いつも心に抱えている違和感に関係があるのだろうか?





 けれど、確信がある。
もし、この『何か』がはっきりわかったなら、きっと素直に言える気がする。
「あなたを愛している」と。