それは、前触れもなくやってきた。
ある日、いつものように部活を終えて家に帰ると、玄関に見慣れない靴がある。
「誰か来ているの?」
台所に立っていたお母さんに尋ねる。
「久幸叔父さんたちよ。ご挨拶してらっしゃい」
「はーい」
気のない返事をしながら、居間へ向かう。
久幸叔父さんはお父さんの弟で、設計士の仕事をしている。
奥さんである真季子おばさんの名字を名乗っているので、あたしたちとは名字が違う。
『たち』ってことは、おばさんといとこの
展人も来ているのだろうか。
居間に顔を出すと、久幸叔父さんが真っ先に反応した。
「おぉ、水樹……でねくて、瞳だな? だいぶ見ないうちに大きくなって」
姪の名前を間違えるのは、叔父さんにとってはいつものことだ。
お姉ちゃんをあたしと間違えたり、和紗をお姉ちゃんの名前で呼んだり。
小さい頃からなので、さすがに慣れてきた。
「瞳ちゃん、こんばんわ。 お邪魔してます」
真季子おばさんがあいさつしてくれる。
展人の方は、軽く片手をあげて「おぅ」とか何とか言った。
1年見ない間に随分、男っぽくなっちゃって。
「瞳、そんなところにいないで入るなら入りなさい」
お父さんに言われたけど、入る気はなかった。
「あいさつに来ただけだから。叔父さん、おばさん、展人、ごゆっくり」
あたしは制服を着替えるために、すぐに二階の自分の部屋に上がった。
――まさか、その場でとてつもなく大事なことが話されているとも知らず。
夕食に呼ばれて一階に下りる。
お姉ちゃんはまだ帰ってきていない。
和紗はいつの間にか帰ってきて、お母さんの手伝いをしている。
夕食は台所のテーブルではなく、叔父さんたちと一緒に居間で取ることになった。
「瞳、和紗」
お父さんがあたしたちの名前を呼ぶ。
「お前たちに話さなくてはいけないことがある」
「何?お父さん」
「展人が来週からうちに住むことになった」
声も出ないくらい、驚いた。
そうしたら、叔父さんとおばさんは?
「何で? 叔父さんとおばさんがいるじゃない」
「どうして叔父さんとおばさんと一緒に住まないの?」
あたしたちはそれぞれ疑問の声をあげる。
叔父さんがあたしたちに説明してくれた。
「あのな、叔父さん、転勤で九州に行くことが決まったんだ。
短くて3年、もしかしたらもっと長くなるかもしれない……恥ずかしいけど、叔父さんは家のことや何かはからっきしでな。
おばさんが一緒に来てくれることになったんだけど、展人は来年、高校受験だろう? こっちで受験した方がいいんじゃないかと思って、お前たちのお父さんにだいぶ前から相談していたんだ」
「お母さんは知ってるの?」
「ええ、お父さんから聞いていたわ。 真季子さんは一人娘で、ごきょうだいがいらっしゃらないし、秋子さんのところは今の学校の校区内になるけれど、夏美ちゃんが小さいから展人くんまでは手が回らないでしょう? だからうちで預かることになったのよ」
秋子叔母さんはお父さんの妹で、久幸叔父さんにしてみればお姉さん。
叔母さんは1年前に夏美ちゃんという一人娘を産んだばかりだった。
――そうだったんだ。
「そういうわけだ。 水樹には後でお父さんが話しておく」
「明日、学校に手続きに行って来週の頭から通えるようにしておくわね」
「お
義姉さん、よろしくお願いします」
久幸叔父さんと真季子おばさんがお母さんに頭を下げる。
一緒に展人も頭を下げている。
――ちょっと待て。
展人とあたしは同い年だ。
転入する学校は、当然西山中学になるのだろう。
もしかしたら、同じクラスになる可能性があるのだろうか?
いや、いとこなら先生方も同じクラスにならないようにきっと考慮してくれるに違いない。
そう思いたかった。
第十話(1)・終