彼女の親友、河内さんが叫ぶ。
「瞳! なんてこと言うの!」
「ごめん、あとで詳しく説明しようと思ってたんだ」
「そういうことは先に相談してよ!!」
藤谷さんはこの『賭け』に関して河内さんの賛成をもらっていなかったみたいだ。
河内さんも充分関わっているのに、自分だけが犠牲になろうとしたってこと?
驚いている私の耳に飛び込んできたのは藤谷さんの問いかけだけだった。
「で、委員長。 返事は?」
「何であなたはいつもそんなに自信満々なのかしら。 1年生の時から、ずっと」
私はいつも思っていたことを口にした。
「自信満々な人間がこんな危なっかしい賭けをすると思う?」
「わからないわよ? 作戦のひとつかもしれないじゃないの」
「それで、返事はどうなの?」
私はもう一度、2年B組委員長として返事をした。
「……わかったわ。その条件で行きましょう。 七尾先生、みんな、聞いたわよね?」
先生もふくめて教室中のみんながうなずいた。
私は念のために彼女に声をかけた。
「藤谷さん。 確認だけど、負けた時の髪は二人が切るの?」
「あたしだけよ。これだけの長さがあれば、一人分で足りると思うけれど? 世良には今の今まで話していなかったんだから無理でしょう」
彼女の髪はざっと見た感じでもかなり長い。
運動部なのにあんなに長い髪でいいんだろうか?
「それにあなたが叩きのめしたいのは、このあたしでしょう?」
自分の頭の中を見透かされたような彼女のその言葉に、私は息ができなくなる。
――どうしてそれを?
「何? どういうこと?」
河内さんが藤谷さんに聞き返す。
「友だちの恨み晴らしってところよ。――
若生朝子のね」
―――知られていた。
もしかして、最初からわかっていた?
よくわからないらしい河内さんに藤谷さんが説明する。
「若生さんを剣道部に残したことをあたしたち――主にあたしね――のせいにして、勝手に恨んでいるのよ、この人は」
当たっているから、何も言えない。
この場所からすぐにでも消えてしまいたいぐらいの気分だ。
「……あなたたちが辞めなかったら、朝子は一人になることはなかった。 彼女がかわいそうだわ」
私はそう言いながらも、全力で否定したかった。
違う、朝子はかわいそうなんかじゃない。
自分で決めた道をちゃんと歩いてる。
何もわかっていなかったのは、私。
私のために弁解するしかなかった。
公私混同だと言われても、委員長の権利を使ったと言われようとも、昨日までの自分のために反論する。
けれど、私は前を見ていられなかった。
「で、あたしたちにおとなしく、先輩からのいじめに耐えていろ、って?」
私はハッとして顔をあげた。
今朝、朝子から聞かされた剣道部の過去が頭の片隅から戻ってくる。
寒々しい雰囲気での部活動は楽しいわけがない。
「あたしがどんな思いで、剣道部を辞めたかわからないでしょう? 目立ってて自信満々な人間はどんなことにも傷つかないとでも思ってるの?」
私は河内さんを見て、言った。
「なら、藤谷さんはともかく、河内さんが辞めることはなかったんじゃ……」
二人とも先輩に生意気と思われていたかもしれない。
それでも二人同時に辞めることはあんまりなやり方ではないのか?
「あたしは瞳に対する先輩方のやり方が気に入らなくて辞めたんだから、遅かれ早かれ辞めてたと思うけど」
河内さんはそう言った。
「知ったかぶりで口をはさまないで、委員長」
藤谷さんは言った。
たしかにこれ以上は私が出るべき話じゃない。
二人を許すも許さないも朝子が決めること。
彼女と河内さんが朝子のことをどう思っているのかは知らない。
少なくとも私のような真っ黒な気持ちではないと思う。
きっと朝子とその時のことを話す日が来たら、二人はどんな結果になろうともきちんと受け止めるのではないか。
今の私にはそう思うことしかできなかった。
彼女(6)・終