ハッピーメリークリスマス


 あたしが一番大嫌いな日がもうすぐやってくる。


 その日はクリスマス。
世間が何かと浮かれ騒ぐ日であり、あたしの誕生日でもある日だ。
浮かれた母親はあたしに『千聖(ちさと)』という名前をつけた。
キリスト教徒でもないくせに。
まぁ、『聖ニコラウスの日』にちなんでってことで『にこ』とかにされるよりはいいけどね。



 「千聖ちさと、25日どこか行こうか?」
そう尋ねてきたのは、彼氏の浩輔こうすけだ。
今年の初詣の時に告白されてつきあい始めて、もうすぐ一年になる。
「何で? 今年は日曜日だからどこ行っても混むよ」
「お前の誕生日だろ」
びっくり。覚えてたのか。
すっかり忘れてると思ってたよ。
「無理しなくていいよ。バイトあるんでしょ?」
ぬくぬくと親の援助を受けて一人暮らししているあたしと違って、彼は学費以外の援助を受けていない。
この時期はバイトざんまいだ。
「その日は休む。千聖と一緒にいたいから」
彼は言い放った。
「あたしのためにそういうことしないで」
浩輔のことは好きだけど、そういうところが時々重い。
彼の子犬のような視線に耐え切れなくなって、教室を出る。




 ――12月25日になった。
浩輔とはあれ以来、メールも電話もしてない。
あの後、すぐにメールが来て『25日はバイト入れた』ってことは知ってる。
喧嘩したわけじゃないけど、気まずくて返信しなかった。
すぐに謝っちゃえばよかった。
このまま別れちゃうのかな、そう思うと涙が出てきた。
あたしは思ったよりもずっと彼のことが好きみたいだ。
寝転んでいた身体を起こす。
今からでも遅くない。謝りに行ってこよう。
まだバイトなら終わる時間まで待っていてもいい。バイト先は何回か行ったことがあるからわかっている。
置き時計を見る。夜8時半。女の子が一人で外を歩くにはまだ大丈夫な時間帯だ。
着替えて鍵とお財布、携帯をコートのポケットに詰め込んで靴を履き、ドアノブに手をかけた、まさしくその瞬間チャイムが鳴る。
この忙しいときに。
新聞勧誘や集金だったら居留守使おうと思って、ドアスコープを覗いたらそこに浩輔が立っていた。
急いでドアチェーンをはずして、ドアを開ける。
「何でいるの? バイトは?」
「今日は8時で終わり」
彼が手にしているものを見て、驚く。
ホールケーキが二個。
普通これは、お子様のいる家庭で食べるもの。
それが二個も。
「何で二個もあるの?」
さっきから質問ばっかりしている。
「お前の誕生日の分とクリスマスの分、一緒じゃない方がいいかと思って」
セロハンの部分から中を見てみると、確かに中身が違う。
彼にしては気が利いている。
「で、誕生日プレゼントは?」
尋ねると、彼の目がいたずらっこの目になる。


 「プレゼントは『俺自身』でどうよ?」
その言葉にあたしは一瞬、固まってしまった。
「それって普通、女の子が言う言葉だよ?」
「男が言ったって、別にいいじゃん」
ちょっと拗ねた顔が愛しい。
「じゃあ、遠慮なくもらっておきましょうか」
彼の唇にキスする。
ちょっと驚いたらしく目を見開いていたけれど、次の瞬間にはしっかり抱きしめてくれる。



 HAPPY MERRY CHRISTMAS.
クリスマスなんて大嫌いだけど、こんな夜も悪くない。



 明日、目を覚ましたらあたしが大嫌い『だった』誕生日の話をしてあげよう。                                       




 
                                            
  
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