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どうしたって






今朝、台所のテーブルにうず高く積まれたクッキーを見つけた。
俺は朝食の支度中の母に尋ねる。
「……またなのか?」
「またなのよ」
母はそう言うと、大きなため息をついた。
俺には美佳子という二歳上の姉がいる。
この大量のクッキーは姉貴のしわざだ。
姉貴には不眠症の気があるらしく、たまに夜中に一人で料理をしている。
なぜ料理なのかはわからない。
料理が出来上がる頃に眠気が来るらしく、その後はきちんと眠れるらしいのだが。
出来上がる料理はいつも違っていて、シチューにケーキ、おでんにロールキャベツのときもあった。
「充、これ、沙和ちゃんに持っていってね」
「ああ」
うず高く積まれたものの横に、きちんと包まれたものがある。
おそらく姉貴が彼女用に包んでおいたんだろう。
味噌汁を机に置き、カバンにしまう。




 「行ってくる」
「今日は遅いの?」
「図書館行くから、遅いかも」
「あんまり遅いようなら電話しなさいよ」
母の言葉を流し聞きながら、玄関を出た。
ほぼ同じ時間に、隣の家の玄関から幼なじみの沙和が出てきた。
呼びに行く手間が省けた。
「おはよう」
「おぅ」
「充、放課後は図書館行く?」
「行くよ。沙和は?」
「行く。お義父さん、今日は家にいてくれるから」
「姉貴からクッキー貰ってきたから、昼に食おうぜ」
「美佳子さんが作ったの?」
「うん」



 たわいない会話を交わしながら、学校へと向かう。
沙和は今の父親と血が繋がっていない。
七年前、彼女の母親と結婚したのが義父の鷹明さんだ。
二年前に母親の千恵子さんが亡くなって以来、二人で暮らしている。
俺と沙和は、恋人同士ということになっている。
しかし、『本物』の恋人同士じゃない。
沙和には他に好きな人がいる。
でも彼女はそれを表に出すことができない。
こう言うと、彼女が俺を利用しているように思われるだろうが、そうじゃない。
実は俺にも他に好きな人がいる。
そして同じように、それを表には出せない。
俺たちは言うなれば運命共同体なのだ。
男女の幼なじみというのはたいてい「つきあってる」とくくられることが多いから、その方が好都合ということもある。




 姉貴の作ったクッキーは屋上で二人で昼食後に消費した。
日ざしと満腹で急に眠くなった俺は沙和に膝を貸すように告げる。
沙和はコンクリートの上に足を投げ出し、俺はその上に頭を置いた。
彼女が俺の髪を優しく撫でる。
「充の髪、柔らかくて好き」
「好きなのは、髪だけ?」
「ううん」
その言葉を聞き、ちょっと体を起こす。
沙和が驚いて離れようとするのを、首に手を添えて押さえる。
下から唇を重ねる。
彼女の存在が俺に強い気持ちがなくても、触れ合うことができることを教えた。




 沙和に触れながら、同じことを美佳子にするのを想像する。
それがどれほど最低なことか、判っている。
けれど、心臓は今と比べ物にならないほどの早鐘を打つ。
――うまく眠れるようにしてやりたい。守りたい。
想う気持ちは男としてか、弟としてのどちらなのか自分でもよく判らない。



 どうしたって、俺と美佳子が実の姉弟であることは覆らない。
高校入学の時に見た戸籍謄本も俺たちが姉弟であることをはっきり示している。
俺たちはどこからどう見ても同じ血を分けているとわかるくらいそっくりだ。
せめて従姉弟くらいなら、この想いも許されたのに。




 俺は姉貴が好きだ。
沙和は義理の父親を愛してる。




 言葉にできない感情きもちを抱えたまま、俺たちはどうしたらいいんだろう?






                                            
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