ススム | モクジ

● 葉月 1  ●

 八月最初の日、あたしたち家族は空港にいた。
展人ひろとくん、気をつけていってらっしゃい」
お母さんが展人に両手いっぱいの荷物を持たせながら声をかける。
展人はこれから両親のいる九州へ遊びに行くんだ。
「はい。行ってきます」
「おじさんたちによろしくね」
あたしが言うと、展人はにやりと笑って言った。
「瞳に彼氏ができた、って報告しておくよ」
「ちょ、なっ、何言うのよ!! そんなこと言わないでよ!!」
あたしは顔を真っ赤にして、展人の腕をバシバシと叩く。
展人の声はあたしにしか聞こえなかったみたいだけど、面と向かって言われると恥ずかしい。


 県大会最終日、あたしと鈴木は彼氏と彼女になった。
でも、まだ一週間もたってないし、そんなに実感はない。
部活で毎日のように顔を合わせてるだけでもぜいたくだと思う。
帰りはいつも世良と三人だし、部活の時間が合えば智穂や佐々田も一緒だから『彼氏』『彼女』っていう気がしない。



 何だかんだ言いながら、展人は九州へ旅立っていった。
「展人っていつ帰ってくるの?」
お姉ちゃんがお母さんに尋ねる。
「一週間だそうよ」
「へぇー。 うちは旅行しないの?」
和紗がお母さんに言う。
「お父さんのお休みがお盆だから、その休みにお墓参りに行くわよ」
わぁい。
お母さんの田舎は涼しくて大好きなんだよね。
お父さんの田舎は同じ県内なんだけどちょっと遠い。
どっちの田舎も長い休みでないとなかなか行けないんだよね。




 次の日の部活の時間、展人がいないことをみんなに聞かれた。
「展人は九州に行ってるよ」
そう言ったら、驚かれた。
だから、うちは展人を預かってるだけなんだってば。
「いつこっちに帰ってくるんだ?」
帰る時、鈴木に聞かれる。
今日は智穂も佐々田もいなくて世良は図書館に寄るって言って、二人で帰ることになってしまった。
何かすごいどきどきする。
「い、一週間ぐらいだって」
よくわからないけど、言葉につまっちゃった。
「ふぅん。 じゃあ七島ななしま神社の祭りの日か」
あ、そうか。
七島神社はこのへんで一番大きくて、通りかかると小さい子が境内で遊んでいたりするような素朴な神社だ。
もうすぐお祭りだったなんてすっかり忘れてた。
「あのさ、藤谷」
「なに?」
「七島神社の祭り、二人で一緒に行かないか?」
どきん、と心臓が大きく跳ねる。
あたしが鈴木の『彼女』なんだって思い知る瞬間。
「うん。行こう」
鈴木の顔があっという間に笑顔になる。
あたしはこの笑顔が見られるのが嬉しい。



 家に帰ってから、生徒手帳とカレンダーに祭りの日に大きく印をつける。
ペンをふで立てにしまってから気づく。
こ、これってもしかして『デート』ってやつ?
彼氏と彼女だし、そういうことだよね?
何着ていこうか。
お祭りまで一週間もあるのに、早くもあたしは迷い始めていた。

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