いま、目の前で跳び越えたばかりのバーが揺れている。
マットに転がったままの俺は、「落ちるな」と念じながら自分のユニフォームと同じ色の空を見つめていた。
県大会初日、陸上競技場のトラックの内側で走高跳の試合が始まった。
俺の二つ前に呼ばれた茶髪のやつが姿を見せると、スタンドからとてつもない大声の応援が聞こえた。
あれがいわゆる女子の黄色い声ってやつか。
そいつの名前は「
八城」というらしい。
八城は不機嫌な顔でジャージの上着を脱ぐと、乱暴にベンチに放り投げる。
何がそんなに気にいらないんだろうか?
八城が跳ぶための助走を始めるその瞬間、一瞬だけスタンドを見た。
――まさか。
スタンドには、赤垣がいるはずだった。
この大会に出るはずで、でも、出られなかったやつが。
一ヶ月前のある日、部室に行くと見慣れないやつがいた。
俺たちとは違う制服を着ていたから、今日、隣のクラスに来た転校生だとわかった。
転入したばかりだというのに、女子の一人と言い合いをしている。
あいつら、知り合いなのか?
陸上部に入るのだの前の学校でも陸上部員だったのかだのと大騒ぎだ。
言い合っていた女子が言った。
「体操着くらい、持ってきてるでしょ? 走るなり、跳ぶなりしてみせてよ」
「あぁ、持ってきてる」
「専門は何?」
「ハイジャン」
「へ?」
「走高跳だよ」
俺は驚いた。
自分の専門と同じだった。
「牧村、高さ合ってるか?」
香取がバーの高さを聞いてくる。
「もう少しあげてくれ」
俺はバーのそばから離れ、正面から左右のバランスを見る。
よし、合ってる。
俺たちが準備OKの合図を出すと、体操着に着替えた転校生はそばに走り寄ってくる。
助走の位置を決めるんだな。
130センチに合わせたバーはそいつには不釣り合いな、物足りない感じがした。
助走位置を決めたようで、地面に何かを書いた。
あそこから始めるってことか。
「行きます」
転校生が片手をあげて、走り出した。
それはまるで空に向かって翔けて行くような、そんな跳び方だった。
転校生は5cmきざみで150まで跳んで見せた。
中学二年生で150跳べるなんて、この目で見ても信じられない。
俺は感じていた。
こいつ、慣れてる。
おそらく、試合経験もたくさんあるだろう。
今年の四月にできたての陸上部に入って、校内陸上大会と中平市の陸上大会を経験したばかりの俺たちとは全然違う。
結局、そいつ――赤垣展人は陸上部に入った。
部室で言い合いをしていた女子――藤谷瞳はいとこだと知ったのは、その日の部活中のことだ。
空を翔ける(1)・終