1990年、あたしは12歳だった。
小学校6年生の三学期、卒業まであと何ヶ月もないくらいの国語の時間。
このごろの授業はほとんど消化するだけで聞いてても聞いてなくても同じ感じで、五時間目の授業はお昼ごはんの後なのもあってものすごく眠気が来る。
窓際後ろから二番目の席は午後の日ざしでポカポカしている。
これで「寝るな」というのは、100パーセント無理だ。
うとうとしていると、隣の席の鈴木秀之が机をこづいた。
こいつは4年生の時に、あたしが転校してきて以来ずっと同じクラスにいる。
4年生の三学期、この学校に来た時に隣に座った縁で友だちだ。
男子の中ではよく喋る。
体育が得意らしく足が速いので、5年と6年の運動会ではリレーのアンカーをやった。
その時、あたしは女子のアンカーだった。
二年続けてのリレーのアンカーだったので、誰が呼んだか『6年4組のゴールデン・コンビ』。
それも今となっては、過去の栄光だ。
眠い目をこすって、聞いた。
「何?」
「藤谷、消しゴム二つ持ってないか?」
「持ってない」
「やっぱり」
わかってるなら聞くなよ。
ツッコもうかと思ったけど、やめておいた。つか、四時間目まではどうしてたんだろう。
「忘れたの?」
「うん」
しょうがないな。
机の中の道具箱からカッターを取り出して、消しゴムを二つに割ってやった。
その片方を鈴木の机に置く。
「あげる」
「お、さんきゅー」
寝る気もなくなって、教室を見渡す。
日ざしの中の教室は毎日掃除しているのに、何だかほこりっぽい。
みんな、わき目も振らず机に向かっている。
一部を除いて公立中学に進むのに、真面目だなぁ。
もちろん、あたしは学区内の西山中学に進む予定だ。
私立の女子中なんて、行けるアタマ持ってない。第一、そんなガラじゃない。
間違ってお嬢様学校なんか入った日には、一日も我慢できないと思う。
まだ下に妹がいるから、お金も余裕ない。
家のことも、そのくらいならわかる。
目の前のプリントはだいたい、埋まっている。
「瞳、ここ教えて」
後ろの席の河内世良が、椅子を蹴飛ばした。
言葉はひかえめなのに、乱暴者め。
とは言いつつも、転校してきてから女子では世良が一番の仲良しだ。
「どこ?」
「ここなんだけどさ」
「あんた、問題文ちゃんと読んでる?」
「読んでるよ」
「読んでて、どうして答えがこれになるのよ?」
「だって、これだと思ったんだもん」
「これ、めちゃめちゃひっかけだよ」
つい声が大きくなって、先生ににらまれたと同時にチョークが飛んできた。
とっさに下敷きでかわした。世良は頭を低くした。
「藤谷、河内。静かにしろ」
「「はーい」」
二人で、間延びした返事をした。
放課後、クラスの何人かにばらまいておいたサイン帳が帰ってきた。
卒業間際の六年生限定で流行っている。
流行らせているのは、女子だ。
あたしも女子のはしっこにいるから、流行に乗ってみた。
流行ものは全然ついていかないと、仲間はずれになる。
机の上に一旦置いてきれいに穴を揃えてから、専用のバインダーに綴じる。
……男子にも配るべきだろうか、この前からそれを考えている。
隣の席のよしみで鈴木に渡そうかと考えていたけど、男子一人だけに渡すと周囲がうるさい。
『好き』だとか何だとか。
あたしはまだそういうのがよくわからない。
男女とりまぜてごちゃごちゃやっている方が楽しい。
よし。
同じ班のよしみで、鈴木と他の男子二人にも書いてもらおう。
そう決めて、サイン帳をランドセルにしまった。
第一話・終