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● 『藤谷』(1) 〜第一段階〜  ●

 あたしたちは小学校を卒業して、地元の西山中学に入学した。
制服は紺色のブレザーに青色のリボン、灰色のスカートだ。
古いテレビドラマに憧れていたから、正直、セーラー服の方がよかった。
けれど、このあたりの中学ではもうセーラー服はどこも着ていないらしい。
ちょっとがっかり。
けど、新しい制服の青いリボンが気に入った。
長い髪は一本結びにした。
校則がなく自由な学校だとあらかじめお姉ちゃんから聞いているけど、初日から目をつけられるのはごめんだ。





 入学式の日。
朝ご飯を食べに台所に行くと、お姉ちゃんの姿がなかった。
妹の和紗の姿もない。
「水樹なら学校に行きましたよ。和紗はまだ起きてこないわ」
「こんなに早く?」
「委員会の仕事があるんですって」
始業式は明日らしいから、まだ春休みのはずなのにご苦労なことだ。
中学生になったら、そんなに忙しくなるんだろうか。
「あら、もう制服着てきちゃったの?」
お母さんが振り返り、声をあげる。
起きて身じたくを整えるのと一緒に、制服を着てから部屋を出たのだ。
「似合う?」
くるり、とその場で回ってみせる。
「とても似合うわよ。帰ったらみんなでお写真撮りましょうね」
「うん」 
「こぼしたら大変だから、これ着てご飯になさい」
お母さんからかっぽう着を渡された。
なるほど、これなら袖も前もスカートまでカバーできる。
「お父さんは入学式に来ないのね」
「お休みが取れなかったのよ」 
やはり、そうか。
お父さんはめったにこういった行事に参加しない、というか、できない。
卒業式とか入学式がたいてい平日だからだ。
運動会とか学芸会とか、休日に行われる行事にはほとんど来てくれるけど。
お父さんは電力会社のサラリーマンだ。
一級電気工事士の資格も持っていて、あたしたちが生まれる前は現場に出ていたみたい。
行事に来られないのは決してお父さんが、あたしたちを愛していないとかそういうことではまったくなくて仕事の都合がつかないのはどうにもならない。
そのことは小さいときから理解しているつもりだ。
お父さんがお金を持って来てくれなければ、あたしたちはご飯を食べることすらできないのだから。      



      

 「行ってきます」
「気をつけて、行ってらっしゃい。お母さんも入学式に間に合うように行くからね」
「うん、待ってるね」
歩きながら学校に向かう。
あたしたちが三年間通うのは歩いて十五分か二十分の、田んぼのど真ん中に位置する学校だ。
前日に世良と待ち合わせした交差点まで来る。
まだ世良は来ていない。
手鏡を取り出す。
リボンがうまく結べなくて、春休み中に一生懸命練習した。
その効果は充分出ていて、今のところまっすぐになっている。
何人かの同級生が目の前を通り過ぎていく。
時々、知らない顔も見た。新しくこちらに越してきて入学する子なんだろうか。




 女子のリボンと男子のネクタイは学年ごとに色が違う。
青いリボンとネクタイの違いが、くっきりと女子と男子を分ける印に見える。
これから嫌でも分けられていく、その第一段階といったところか。
     

       


                                                 
第二話(1)・終
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