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● ON YOUR MARK 23  ●

 第二競技場で体をほぐしてから、出入り口付近へ向かう。
そろそろ結果が出ているころだ。
知らないことを知るのは怖い。
でも知らなきゃ、どうにもならない。
今までの目標だった県大会は終わろうとしている。
これからは明日からのことを考えなくちゃいけない。
あたしは顔をあげた。
目の高さよりも少し上に貼られている結果は、あたしの名前の後ろに『4』という数字が書いてある。
その上の欄、第三コースの恵庭冴良の名前の後ろには『5』の字があった。
数字が見えているのに、頭にうまく入ってこない。
――勝ったんだ。
勝った、という事実が、体の中からじわじわとわきあがってくる。
思わずあたしは握った右手でガッツポーズを作っていた。



 あたしの大きく荒れていた心は、結果が出たことでだいぶ落ち着いた。
その代わりに、別の波が襲って来てる。
――鈴木に渡さなきゃ。
リュックの内ポケットに入った空色の封筒。
今日、十四歳になった鈴木への誕生日プレゼント。
受け取ってくれるだろうか。
「いらない」って言われたら、どうしよう。
そんなことが頭の中をぐるぐると回りはじめる。
あぁもう、考えたって仕方ないんだからその場になってから考えよう。

       

 お昼を終えて、すぐに鈴木の決勝が始まる。
決勝の準備をしに第二競技場へ向かう彼を追いかけた。
「鈴木!」
鈴木は何ごとかと言わんばかりに振り返る。
「藤谷、どうしたんだ?」
「これ、持って行って」
鈴木はあたしが差し出した空色の封筒を不思議そうな顔をしながら受け取り、中を開く。
「これ……」
「前に『欲しい』って言ってくれたから。 誕生日おめでとう」
「覚えてたのか? ありがとう」
すぐに手首に巻こうとするけれど、やりづらいみたいでうまくいかない。
「上手く行かないな。 左手に巻いてくれないか?」
「う、うん」
とまどったけど、断るのも変だし、やってみることにした。
「藤谷が編んだのか?」
「そうだよ。 意外でしょ?」
顔を見ることはできないし、手がふるえる。
「すっげぇきれいに編んであるな」
その言葉にあたしの心臓は跳ね上がるような衝撃を受けた。
『きれい』なのはあたしじゃなくて、プロミスリングの編み目のことなのに。
プロミスリングの赤色が鈴木に似合っていて、男子に初めて「きれい」だと感じた。
風邪をひいた時みたいに頭がぼうっとしたまま、言ってはいけない言葉を口にしてしまう。
「好き」


 気づいた時には、すでに遅かった。
鈴木はぼうぜんとあたしを見つめている。
次の瞬間、信じられない言葉があたしの耳に届く。
「お前が好きなのは赤垣だろ? 冗談言うなよ」
あたしは何も言えなくなってしまう。
まだ展人とのこと誤解してるんだ。
鈴木も佐々田も展人と仲良くなってきてたから、展人と何もないのを信じてくれていると思ってた。
あたしの勝手な思い込みだったのか。
何だか腹が立ってきた。
本当のことを言って、何が悲しくて『冗談』にされなくてはいけないのか。
「今の言葉が冗談だと思うなら、それ返して」
あたしは大きな目で鈴木をまっすぐ見つめて告げる。
「何でだよ?」
「あたしの気持ちを冗談だと思う人には渡せない。 返して」
鈴木は黙っていた。
プロミスリングを外すしぐさもせず、あたしの右手首をつかむ。
「本当だって、信じていいんだな?」
あたしはそう聞かれて、それだけで泣きそうになる。
信じてくれるなら、もう何もいらない。
言葉はうまく声にならず、頭を上下に振る。
「もう一回言ってくれるか」
鈴木の言葉に、はっきり彼の顔を見て言う。
「好き……鈴木が、好き」
信じてくれるなら何回でも言えるし、言う。



 鈴木の顔はみるみるうちに耳まで真っ赤になった。
あたしもそれを見て照れてしまう。
「……っ、すげぇ嬉しいんだけど。 あのさ、俺、友だちじゃなく男として藤谷の隣にいてもいいか?」
『男として』ってことは……彼氏として、ってこと?
もしそうならすごい嬉しいけど。
「うん、いてください」
あたしも女の子として、鈴木の隣にいたい。
「じゃあ、今日から『彼氏』と『彼女』ってことでよろしく」
やっぱりそういう意味だったんだ。
鈴木が腕時計を見る。
「やべっ、そろそろ行かなきゃな」
もうそんな時間なんだ。
彼がつかみっぱなしのあたしの右手を離す。
「藤谷のために走ってくるから、上で見ててくれ」
あたしは鈴木の言葉が嬉しくて言葉を返せなくて、うなずいた。



 あたしたちは今日、友だちじゃなく『彼氏』『彼女』になった。
昨日とは違う一歩を踏み出した。
明日からどんな未来が待っているだろう。
――それはまだ、誰にもわからない。
でも、鈴木が隣にいてくれるなら何も怖くない。
一緒に幸せになれるなら、ひとりよりもふたりがいい。
あたしはスタンドに吹く風を受けながら、そう感じていた。              
                                
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