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● ON YOUR MARK 22  ●

 鈴木は準決勝を三位で通過して、世良も一位で決勝進出。
園部くんは十人が決勝に行けるところを七位で通過した。
一方で、一年生の川村さんと板河くんは準決勝敗退となった。
県大会2日目が終わり、展人を除く十五人のうち四人が最終日の決勝に進むことになった。



 あたしが決勝に進んだことを展人がその日の夕食の時間に家族みんなの前で話してしまったので、明日はお母さんと和紗だけでなくお父さんもお姉ちゃんも来ることになってしまったのだ。
特にお父さんはすごく乗り気だ。
あまりのはしゃぎように、あたしはお父さんに言った。
「無理に来なくていいよ」
「娘の晴れ舞台を見ないわけにはいかないだろう。 何時からだ?」
「お昼前くらいだよ」
「そうか。 明日の外回り抜けて行くからな」
仕事しなくていいんだろうか?
大人って変なの。
「明日は部活休みだし、あの子が作った陸上部のお手並み拝見といこうかな」
お姉ちゃんがつぶやいた。
『あの子』って誰のこと?
「『あの子』って?」
「あの子はあの子よ。 えっと、板河くんって言ったかな?」
「部長のこと、知ってるの?」
「もちろん知ってるわよ。 入学式の次の日に生徒会室に『先輩の入学式での言葉に感動しました。俺は陸上部を作りたいです』って一人で乗り込んできたんだから」
「ええっ?!」
初めて聞かされた事実に驚く。
そういえばどうして陸上部を作ったのかとか、何も聞いたことないかも。
「部活を作るための方法とかいろいろ書いた冊子が存在するから、生徒会長の任期が終わるまでそれを使って指導したの。懐かしいわね」
たった数ヶ月前のことなのに、お姉ちゃんは何年も前のことみたいに言う。
そっか。
意外なつながりを発見した。
今度、部長からいろいろ聞き出そうっと。



 夜寝る前に、あたしは明日も使うリュックサックに空色の封筒を折れ曲がらないように大事にしまった。
明日は鈴木の十四歳の誕生日だ。
これを忘れたら、せっかく編み方を和紗に習った意味がなくなってしまう。
明日、梁瀬さんはまた競技場に来るだろうか。
きっと鈴木の決勝を見に来るだろうな。
心はひどく荒れたまま、揺れている。
だめだ。
明日はそれどころじゃない。
やっと恵庭冴良と戦えるんだから。



 翌日、鈴木とあたしの決勝はあたしの方が時間が早かった。
よかった。
これなら終わってからゆっくり渡せる。
お守り代わりってわけじゃないけど、できれば決勝に持っていて欲しかった。

         

 ようやく同じ時間にトラックを走れる。
準備は完璧で、体調も昨日よりもいい感じ。
昨日の記録が13秒15、今までで一番いい記録だ。
もしかしたら記録更新もできるだろうか、楽しみだ。
そうこうしているうちに召集の時間になる。
さあ、行こう。
太陽さえも味方にして。



 第一競技場は大歓声と熱気に包まれていた。
この中のどこかにお父さんとお母さん、和紗、それにお姉ちゃんがいる。
ところどころに水をまいた跡が見え、そのせいか湯気があがっている。
決勝の八人のうち、あたしは第四コースになった。
恵庭冴良はその隣、第三コースだ。
昨夜展人に教えてもらったのは、『たいてい一番速い人間は真ん中あたりのコースに置かれる』のだそうだ。
展人はもちろん例外がある、とも付け加えたけれども。
ということは、恵庭冴良はこの八人の中で一番速いと思われているということ。
実績がほとんどないあたしがこのコースにいることが疑問ではあるけれど、それを今更どうこう言っても仕方ない。

      

 コースに入る前の準備時間は昨日とはずいぶんと雰囲気が違う。
ピリピリと音を立てそうな緊張感が他の選手たちから伝わるし、あたしも内心はかなり荒れている。
審判員からコースに入るように指示される。
スターティングブロックに足をかけ、流して走ってみる。
あとどれだけ、何が足りない?
どれだけ走ったら彼女に勝てる?
わからない。
ユニフォームの胸元を右手で思い切り握りしめ、うつむく。
泣いてしまいそうだ。
怖い。
どうしよう、怖い。
『自分のために走る』
その気持ちさえ揺れている。
『勝てない』と思う心が、あたしを弱くする。
そっと顔をあげる。
スタンドの端っこにかすかにみんなの姿が見える。
今はどれだけ不安でも、外に見せてはいけない。
泣くのも笑うのも走り終わってからでいい。
きっとどんな結果になっても、みんなが暖かく迎えてくれるだろう。
そう思ったら、少し心が軽くなった気がした。



 ――陸上競技は基本的に一人で戦う。
それでも。
戦うのは一人でも、応援がいる。
一人ではないと信じられる。

         

 準備を整えてもう一度、コース前に並ぶ。
初めての県大会をあたしは楽しめただろうか。
頭の中をかすめた疑問に、あたしは首を左右に振った。
そんなこと考えている余裕、今はない。
ゆっくりあとで考えればいい。
あと数十秒したら終わってしまう。
早く走りたいのに、まだもっと長く続いていて欲しいような気分になる。
審判員の指示に従ってコースに入り、ちょうどいい位置に手をセットすると腰を下ろす。
「位置について」
応援の音が止まる。
あたしは息を飲む。
パーーン
号砲が鳴る。
まっすぐ前を見てる、それだけだ。
音は全部後ろに流れていく。
左後方からあずき色のユニフォームが前に出た。
来た、と思ったが、それに対する作戦が特にあったわけじゃない。
加速したばかりの今ならまだ追いつける。
そう感じてあたしも加速する。
少なくとも引き離されはしなかった。
追いついた、と思ったら、もうゴールにいた。
白いゴールテープを切ったのは、あたしでも恵庭冴良でもなかった。
中平市の陸上大会の時のように、またほんの数秒の差なのだろうか?
終わったからと言って、すぐ結果が出てくるわけではない。
第二競技場でクールダウンしていれば、そのうち出てくるだろう。



 走り終えて、自分のコースから出る時に思いついておじぎをしてみた。
「ありがとう、楽しかった」
感謝の言葉のかわりだ。

      
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