そんなに想っているならば

 披露宴会場の扉が開き、拍手とカメラのフラッシュが鳴り響く。
新郎とともに現れた花嫁の姿に、一同はため息をついたり「綺麗ねぇ」と囁く。
小さな顔を覆うようにレースのベールが掛けられ、桃色の唇が一層彼女の美しさを際立たせる。
ウエディングドレスは誂えたかのように彼女に似合っている。
二十八歳という年齢も幼すぎず、彼女の美しさに彩りを添える。
隣を歩く新郎もまた驚くほどタキシードが似合っており、二人はまるで一緒になるために生まれてきたのだと招待客に思わせた。
二人は高砂までスタッフに先導されてゆっくりと進んでいく。


 そんな神聖な雰囲気の中、私は隣のテーブルで泣きじゃくっている男の騒音に悩まされていた。
男の人が涙を滝のように流して泣いているというのは初めて見た。
隣のテーブルといっても、席が近くて泣き声までしっかり響いてくる。
確か隣のテーブルは新婦の会社関係者の席だと聞いていた。
まさか新婦の元彼か何かじゃないでしょうね?
私はバッグを持ってそっと立ち上がり、男性の席に近づく。
「すみません。もう少し、声を抑えてもらえませんか?」
ハンカチとポケットティッシュを差し出しながら、男性に伝える。
「あ、あの……」
男性は涙声のまま、何か言いたげだ。
そりゃそうよね。
新婦に似た顔の女に「泣くな」なんて言われたら、涙も引っ込むわ。


 私の顔をじっと見つめていた男性の目に、また涙が浮かぶ。
これ以上泣かれたらヤバい、というか困る。
ダークスーツを着た男性の腕をつかむ。
「一緒に来てください」
「え」
「いいから」
男性の腕を引っ張るようにして、会場を出る。


 披露宴会場を離れ、ロビーの待合室まで男性を連れていく。
男性は抵抗せず、時々鼻をすすりながら一緒に歩いてきた。
「そこに座ってください」
右手でソファーを指し示す。
男性は座るか座らないかのうちに怒鳴り始めた。
「いったい、あなた、何なんですか!!何で、こんな事をするんですか!!」
「それはこっちのセリフです! 花ちゃんに、新婦に迷惑かける気ですか!!」
「迷惑………?」
「そうですよ! 新婦の親戚でもないのに大号泣してる男性がいたら、新郎の親戚に元彼じゃないかとか邪推されるじゃないですか!! 花ちゃんが婚家で肩身狭くてもいいんですか!!」
「………」
男性は指摘されて初めて気づいたようだ。
「私だって花ちゃんの披露宴、楽しみにしてきたんですよ!!」
「あの………、失礼ですが、新婦とはどういう………」
「私は花ちゃんのいとこです!あなたは?」
「新婦の………後輩です………」
「で、何であんなに大号泣してたのか聞かせてもらえます? このままじゃお互いに会場に戻れないと思うんで」
「………入社してからずっと、彼女の、新婦のことが好きだったんです。でも、諦めきれなくて………今日、ウエディングドレス姿を見たら余計に辛くて………」
「旦那さんから奪えばよかったじゃん」
「できませんよ、そんな事!! 彼女が泣くじゃないですか!!」
「告白もしてないんですか?」
「してません………できませんでした。会社で気まずくなりたくなかったんです」


 そんなに想っているならば、告白できたらよかったのにね。
恋を始めるのと終わるのでは、始める方がきっと難しい。
始まりは自覚できなくても、その先にいろんな物がついてくる。


 「落ち着きました?」
男性に問いかける。
「はい………ご迷惑をおかけしました」
少し涙声だけど、大号泣よりはマシな状態になっている。
「じゃあ、会場に戻りましょうか。あ、あと誰かに何か言われたら『花粉症だ』ってことにしておいた方がいいと思います」
「………お気遣い、ありがとうございます。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「小林、ちひろです。名刺を頂いてもいいですか?」
男性は胸ポケットから名刺を取り出した。
「野村健一といいます」


 
 ――――――これがきっかけで5年後に私たちは結婚することになるのだが、それはまた別の話。
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