石畳を靴音が響く。
カビ臭さが鼻につくが、それを服の袖で押さえながらマリアは前を歩く者に続いた。
通路の左右は天井まで鉄格子がはめられている。
薄暗い通路を歩き続けて、マリアはようやくその人の前にたどり着いた。
「ケイン、面会だ」
前を歩いていた――看守が告げると、鉄格子の中の男はゆっくりと顔をあげた。
「面会だと?」
「そうだ」
面会を許されたということは、この国の法律では死刑宣告を受けたのも同じだった。
「ケイン」
マリアが彼に呼びかけると、ケインの目は大きく見開かれた。
「マリア、なぜここに来た! 来るなと、たとえ俺がどうなろうとも逢いに来るなと言ったはずだ!!」
投獄される前にマリアに何度も言い聞かせた。
彼女は聞いていなかったのか。
「逢いたかったからよ!」
マリアはどんなことをしてでも、もう一度ケインに、彼に逢いたかった。
たとえそれで自分が命を落とそうが、マリアは構わなかった。
「私はあなたと出逢うまで、人間として『生きて』いなかった」
ケインが知るマリアの過去。
それは話を聞くだけでも想像を絶するものだった。
「貴方と出逢えて、そばに居てくれて、貴方に愛されて、愛して、私は人間の心を取り戻したのよ! そんな私に愛する人を見捨てろと言うの?!」
ケインは怒鳴り返さなかった。
そして、鉄格子の中からマリアに向かって、精一杯手を伸ばす。
「……悪かった、マリア。 お前の姿を見て、つい動揺してしまった」
マリアはワンピースの裾が汚れるのも気にせずにしゃがみこんで、ケインの手を取る。
「体は大丈夫か?」
「ええ」
マリアの中には、ケインの子がいる。
看守に知られないように、わざと『子ども』とは言わなかった。
「マリア、マリア……愛している」
「ケイン、愛しているわ」
それはつかの間の逢瀬。
どんな睦みごとよりも濃い時間を過ごして、二人は離れる。
一月の後、国の英雄・ケイン=オースターが王家への反逆罪により、死刑が執行された。
マリアがあの日、牢獄を出てから、どこへ行ってしまったのか。
それは風だけが知っている。
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