春の日 2

モドル | モクジ
 生徒会室の扉を開けると、すでに水樹以外の生徒会役員たちが顔をそろえていた。
遅れて来たわけではないのに、なぜか申し訳ない気分になる。
待ってました、といわんばかりに、みんながいっせいに立ち上がる。
水樹はカバンを机に置くと、みんなの後を追う。
向かう先は体育館だ。




校門で新入生に渡す造花の準備や教室の歓迎の飾りつけは、すべて昨日までに後輩たちによって進められていた。
今日は体育館の後ろの父兄席の椅子を並べるのだ。
前方の一部分だけ、昨日のうちに並べてある。
体育館のそちら側のコートを使う部活が休みだったため、すばやい前準備ができた。
後ろ側のコートは水樹も入っている女子バスケ部の練習で使ったのだ。
せっせと準備を進める同級生や後輩たちに、申し訳なかった。
昨日のうちに女子バスケ部の部員たちで並べておくべきだっただろうか。
でも、それは生徒会の立場を利用したものになってしまう。
できれば、一般の生徒たちにはできるだけ生徒会に対する不信感を持ってほしくない。
水樹は生徒会の仕事をするときに、いつも心に留めておくことをまた思い出していた。
舞台下の収納庫からパイプ椅子を持ってきて、前の列に合わせて並べる。
「先輩、歓迎の言葉はどうなってますか?」
いつの間にか近くにいた増田美鈴に尋ねられる。
水樹は今日、新入生に向かって歓迎の言葉を言う立場なのだ。
増田が尋ねたのは、暗記しているかとかそういうことだろうと水樹は思った。
「バッチリだよ」
しかし、水樹は生徒会担当の教師が添削した祝辞ではなく、自分の用意したものを使うつもりだった。




二時間後、校門や昇降口付近にちらほらと新入生が集まり始めるのを水樹は生徒会室前の廊下からながめていた。
青いリボンとネクタイの集団。
水樹のリボンの色は緑色で、この色は来年入学する下の妹の和紗が身につける色となる。
その頃には、水樹はここにいない。
今日、この中学で新たな一歩を踏み出す上の妹やその同級生たちに嫉妬がわきあがる。
それでも水樹は水樹だ。
女子バスケ部の部長であり、この西山中学の生徒たちの代表なのだ。
藤谷水樹として、誰にも代わることのできない自分として三年間やってきた。
いまさら、瞳や和紗になることはできない。





 「先輩、そろそろ時間です」
高畑が生徒会室から顔を出して、水樹に時間を教えてくれた。
「ありがとう。今行くわ」
準備はすべて整った。
胸の緑色のリボンを揺らして、水樹は新入生のいる昇降口を抜けて体育館に向かう。
瞳とその友人たちの姿はない。
もう来て教室にいるか、それともまだ来ていないのか。
外にはクラス分けの模造紙が張り出されているはずだから、その前で一緒だ、別だと騒いでいるのかもしれない。
       




 舞台に登った瞬間に、驚かれるであろうことは想像できている。
水樹が生徒会のトップだということは、母にも妹の瞳にも伝えていないのだから。



       

 西山中学の浅い歴史の中で、初の女子の生徒会長として後輩たちに何を伝えられるだろう。
女子だからではなく、一人の人間として伝えられるのか。
本音で語る言葉は新入生たちに届くだろうか。
わからない。
それでも、今すぐでなくていい、その意味がわかる時が来たら、と思う。
体育館に向かいながら、校庭の隅に咲く満開の桜の木が見える。
――先輩として、中学で生きるということを届けたい。
新入生たちは今までと違うことばかりで、とまどうかもしれない。
それでも三年間を過ごして、いろんなことを感じて成長していく。






 いつか、この場所が妹たちの宝物になるといい。
水樹は春の気配を感じながら、願っていた。     

      


       
      




                                       
春の日(2)・終 
  

モドル | モクジ
Copyright (c) 2009 Ai Sunahara All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-