さっきからずっと、携帯の画面を開いている。
映し出されるのは懐かしい名前。
3年間、携帯を機種変更しても消せずにいた連絡先。
3年前、それまで2年付き合った彼と別れた。
社会人と学生という、ありがちなすれ違いが続いたころ。
いつまでも変わらない彼に苛立ちを感じ始めていた。
「自然消滅はいや」
「わかった。会って話をしよう」
宙ぶらりんの状態は嫌だった。
正直、わたしは疲れていた。
彼も同じだったのだろう、わりと円満に別れ話をしてきちんと別れた。
別れ話をしたカフェを出る。
交差点で彼と別方向に歩き出そうとした、その時。
「さとみ」
「何?」
「5年……いや、3年後にもう一度だけ会わないか?」
「はぁ? 何で?」
「あ、別によりを戻そうとかそういうんじゃなく! 元気でいるか、知りたいだけ!
もしその時お前が元気でやっていてくれたら、俺もその先、がんばっていける気がするんだ!」
「………電話、」
「え?」
「番号、変えずにおくから………」
その後はもう声にできなかった。
声にしたら、泣いてしまいそうで。
「うん。約束な! それじゃ、元気で!」
彼は言いたいことだけ言って、反対方向に歩き出して行く。
―――あの日からちょうど3年目が今日。
彼からの連絡はない。
きっとあの日のことなど、忘れてしまったんだろう。
やはり、彼の最後の言葉にかすかな期待を持っていた。
考えれば考えるほど、悔しくて仕方がない。
彼を信じたかったのかもしれない。
すがっていたかったのかもしれない。
あんなことを言われなければ、最初から期待しなかったのに。
携帯画面のボタンを適当に押すと、画面が明るくなる。
映し出された名前を見ながら、消去ボタンに指を置く。
軽く力を入れると画面には『消去しますか?』とメッセージが出る。
『はい』を押すと、あっけなく彼の連絡先は消えた。
その瞬間、わたしの中にあった重いものがスッと軽くなった気がした。
わたしは今まで過去しか見ていなかったのかもしれない。
もっともっと未来を見よう。
彼がもういないことを、きちんと思い出にできたのだから。
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