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● BATTLE! 1  ●

 「カンニングのくせに」
先生から返された答案用紙を受け取り、席に戻ろうとした時、その声は向けられた。
振り返ってみたが、誰が言ったのかはっきりしなかった。
あたしは、返却されたばかりの一学期中間試験の国語でかなりいい点数を取った。
しかしそんなことを言われる覚えも筋合いもない。
「受け取ったら、すみやかに自分の席に着きなさい。ほら、そこおしゃべりしないで」
担任でもある女性の国語教師が声を張りあげる。
生徒たちが全員席に戻ったところを見計らって、先生が話し始める。
「今回もみんなよくがんばりましたね。このクラスの最高点は藤谷さんの96点です」
クラスは一瞬、驚きに包まれる。
が、すぐにざわつきだす。
「すげー」
「なんで? 林くんじゃないの?」
「藤谷さんって成績良かった?」
クラスメイトたちの間に疑問が飛び交う。
失礼な話だ。これでも国語は得意科目だ。
小さい頃、外で激しく遊びまわる一方、買い与えられたり幼稚園から借りてきた絵本では飽き足らずに放っておくと二時間でも三時間でも国語辞典を読んでいた、とお母さんから聞いている。
なぜ国語辞典なのかというと、2DKの県営団地では百科事典などを置く場所などなかったらしい。




 さっきの声の主がはっきり判ったのは、次の休み時間だ。
クラスメートの永野という男子が、『藤谷はカンニングをして、クラス最高点を取った』と言いはじめた。
テストの時に座る席順で、斜め前に学年トップの林という男子がいることを言い出した。
名字順なら『は』と『ふ』では、『ふ』の方がだいたいは後ろになる。
1年A組でもその通り、『林』よりも後ろに『藤谷』が来る。
男女別の列組みだから、斜め後ろというのは納得できる順番である。
―――なに言ってやがる。
あたしが感じたのは怒りではなく、呆れだった。
本人が最高点取られて悔しまぎれで言うならば、わからなくもない。
言いがかりつける奴の気持ちなんてわかりたいとも思わないけどね。
不愉快なのは、本人以外の外野が親切ぶって騒ぎ立てていることだ。



 「何言ってんの?」
永野は椅子に座ったまま、あたしを見上げている。
「だって俺、はっきり見たんだよ。お前がカンニングするところ」
「永野、やめろ」
「何言ってんだよ、お前」
佐々田や林くんが止めるが、永野は言葉を続ける。
今は休み時間だ。当然、周囲はA組以外のクラスの生徒もいる。
周りの人の波がざわざわし始め、会話のはしばしに『テスト…』『カンニング…』という単語が聞こえてくる。
「嘘言わないでよ」
「そうよ。瞳がそんなことするわけないじゃない」
世良が合いの手を入れる。
「俺は見たんだよ!」
永野がむきになって証言するが、証拠は何もない。
「得意科目をカンニングする必要がどこにあるの?」
そう尋ねても『自分は見た』の一点張りに、あたしの我慢が吹き飛んだ。
「ふざけるなぁ!」
叫ぶと同時に目の前の机を乗り越える。あたしにとってこれくらいはお手のものだ。
ブレザーの襟首を掴み、こぶしで殴り飛ばす。
「きゃあ!」
永野の近くにいた女子から悲鳴があがった。机が倒れる。
椅子から落ちた永野は驚きつつ、あたしの制服のリボンをつかんだ。
「このやろう」
顔を殴られそうになるがうまく防いだので、殴らせなかった。
――――ひきょう者に殴らせる顔など、持ち合わせていない。
防がれたことが意外だったのか、永野は驚いた顔をしている。
「やめなよ、瞳!」
「おい、ふたりともやめろ!」
後ろから誰かに押さえられそうになったが、身体を揺すり、思いっきり振り払う。
後ろにいた人間が勢いで転んだのは、見なくてもわかる。
永野を殴り飛ばし、蹴りつけ、腕に噛み付いた。
周囲が見ているとか、そんなことはどうでもいい。
ただ、こいつに負けたくなかった。





 結局、周囲だけでは手に負えず、誰かが先生を呼びに職員室に走り、先生たちに取り押さえられるまであたしと永野のけんかは続いた。



                                               
                                                    
第三話(1)・終

                            
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