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● 『藤谷』(2) 〜驚天動地〜  ●

 学校へ行くと、校門前で造花を渡された。
裏に安全ピンがついていて、『ご入学おめでとう』と書いてある。
「水樹ちゃん、こういうの準備しに早く来たんじゃない?」
世良は小学校時代からうちに遊びに来ているから、お姉ちゃんも和紗も知っている。
お姉ちゃんも世良のことは実の妹がもう一人いるみたいに感じているようで、入学前から『中学入ったら女子バスケ部においで』と勧誘をかけられている。
お姉ちゃんが家を早く出た理由を言われて初めてそうかも、と思う。
『妹分』の方が、実の妹のあたしより冴えているようだ。



昇降口の前に貼り出された、クラス分けの模造紙を見る。
クラスが1組、2組…じゃなく、A組、B組…の分け方だ。
これだけで、今までと違う学校生活を実感する。
「藤谷、河内」
後ろから声をかけられて振り返ると、鈴木と佐々田幸彦が立っている。
佐々田は鈴木の友だちで、あたしたちと5年・6年の時、同じクラスにいた。
三学期は同じ班だったので、サイン帳も渡した。
鈴木の友だちだから、これまた必然的によく喋る。
「おはよう」
「おはよう」
世良とほぼ同時に、あいさつを返す。
二人とも制服になったからか、ちょっと違う風に見える。
大人っぽいっていうか。
「……何か、照れるな」
「何が?」
「何ていうか……こう、落ち着かない、っていうか実感がないっていうか…。藤谷たちが俺たちと違う、っていうのがすぐわかるし」
鈴木と佐々田が、あたしたちを上から下までひととおりながめる。
「みんな、新入生だもん。おんなじだよ」
「そうだよな」
なぁんだ。みんなも同じなんだ。
「クラス分け、もう見たか?」
「ううん、今来たばっかだもん」
「じゃ、『いっせーの、せ!』で見るか!」
『いっせーの、せ!』で、模造紙を見る。
あたしは4月28日生まれだから、生まれ順だとだいたい3番くらいが今までは多かった。
つい、その癖で前の方ばかり見てしまう。
一瞬、どこにも名前がないのかと勘違いする。すぐに名字順だと気づいて、各クラスの後ろの方まで見直す。
『藤谷瞳』の名前は、A組にあった。
「あたし、A組だ」
世良が声をあげた。
「俺もAだ」
佐々田もそれに続いた。
「俺……Cだった」
鈴木が低い声で、呟いた。一人だけ、別のクラスになったのだ。
ちょっと残念だった。
「気にするな。クラス替えなら来年もあるさ」
「……来年も一人だけ違ってたら、責任取れよ」
「知るかよ。教室行こうぜ」
あたしたちはそのやりとりを笑いながら、教室へと向かった。


     

 入学式が始まる。
教室で先生(担任の先生ではない)が言うには、新入生代表の言葉の後で生徒会長が歓迎の言葉を話すらしい。
創立十年にも満たない中学校の、ささやかな伝統らしい。
新入生代表は知らない子だった。別の小学校出身の子だろう。
『歓迎の言葉。生徒会長、お願いします』
先生たちの後ろに立っていた影がすっと動く。
緑色のリボンが揺れたのが見える。
生徒会長は、女子なのかな?



 生徒会長が壇上に姿をあらわし、舞台の真ん中まで来た。
その顔がはっきり見えたとき、あたしは座っていた椅子から転げ落ちそうになる。
それは……あたしのお姉ちゃん、藤谷水樹だったから。



    
 『新入生のみなさん、入学おめでとうございます。
初めまして。西山中学生徒会長の藤谷水樹です』
マイクを通してお姉ちゃんが話し出すと、会場全体がざわめきだした。女子が生徒会長ということ、そして『藤谷』が新入生にいることを知っている同級生たちがざわめいているのかな。
前の方の列に座っている世良と佐々田は、しきりにこちらを振り返る。

    


 『みなさん、生徒会長が女子ということでたいへん驚いておられるかと思います。
けれど、今の私の姿こそがこの学校の気風です。
やる気さえあるならば、何でも色んなことができる。それを手助けするために先輩や先生方がいるんです。
わからないことはどんどん尋ねて、知って、自分のちからにしていってください。そしてよき友を見つけ、支え合ってください。
この学校を去る時に『この学校に入ってよかった』、そう言っていただきたいと思います。
以上で、歓迎の言葉とします』

     


 式が終わり教室に戻ると、佐々田と世良が席までやってきた。
C組を抜け出して、鈴木もやってくる。
「教室に戻らないとやばいんじゃないの」
「先生が来るまでに戻るよ」
鈴木はあっけらかんと答えを返してきた。
世良が興奮した様子で話しかけてくる。
「水樹ちゃんだったねぇ!」
「あたしもびっくりだよ! こんなとこにドッキリ隠さないでほしいわ!」
「今朝、早く出たってのもきっと準備のためだったんだよ!」
「あ、じゃあ、いつも『委員会』って言ってたのも、実は生徒会だったってことかぁ」
佐々田が確認するように、口をはさむ。
「藤谷、さっきのって藤谷の……」
「そう。お姉ちゃんだよ」
「名字同じだし、親戚かなと思ったけどマジできょうだいだったんだ! かっけー!!」
「帰ったら、佐々田の『かっけー!!』伝えとく。あたしも今日、初めてわかったんだ」
鈴木が疑問をはさんだ。
「でも、姉ちゃんって西町小にいたか?」
くると思った。
「西町小にはいないよ。姉ちゃんは転校した時、6年生だったから南町小を卒業して直接、ここに入ったんだ」
西町小はあたしたちが卒業した学校、南町小が前の学校だ。
「ふぅん」
三人とも、納得したようだ。


 この生徒会長様は、女子バスケ部のエースでもあるらしい、と言ったら、三人はどんな顔をするだろうか?
帰りに語ってやろう。   

 
     

     

                                                 
第二話(2)・終
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