モドル | ススム | モクジ

● BATTLE! 3  ●

 数日後の放課後、あたしとお母さんは佐藤先生に呼び出された。
何はともかく、クラスメートを殴ったのだ。
そのくらいの覚悟はできていた。




「わざわざご足労いただきまして、すいません」
佐藤先生がお母さんに謝っている。
ここは第二会議室だ。おそらく第一会議室には永野のお母さんも呼ばれているんだろう。
「本日お越しいただいたのはですね、」
「本人から伺っておりますわ。何でも、大立ち回りをやらかしたとかで」
お母さんはぴしゃり、と音が出そうなほど、先生の言葉をたたっ切った。
言いながら、お母さんの視線はあたしを見据える。
「そうなんですよ。 藤谷さんはクラスでも目立つ方ですし、お姉さんが生徒会長をされているというのでそのこともありまして、本日お越しいただきました」
「水樹が生徒会長をしていることが、この子に何の関係があるというんでしょう?」
「何と申しますか……『姉の威を借りて威張っている』というようなことを感じている子もいるようでして……」
「は?! この子がですか」
お母さんはまじまじとあたしを見つめたあと、首をかしげて尋ねる。
そのしぐさはまるで少女のようだ。
「瞳、あなた、いばっているの?」
まさか。
なんであたしが威張らなくちゃならないんだ?



 「瞳」
急に名前を呼ばれて、あたしはうつむいていた顔をあげる。
「はい」
「技は出していませんね?」
「はい」
「わたくしはケンカのために、あなたに四年間も合気道を習わせたわけではありませんよ。 わかっていますね?」
「はい」
「わかっているならよろしい」
お母さんは先生に向き直る。
「先生はこの子に『女の子がケンカをするのはよろしくない』とおっしゃったそうですね?」
「ええ、申し上げました。 今は勝てても、後で相手の力が強くなってから復讐されてしまうこともあるでしょう。 藤谷さんは女の子で、相手が男の子ならなおさらです。そういったことも考えました」
「では先生はご自身の戦う相手が男だったら、迷わずに白旗をあげるとおっしゃいますの?」
きょとんとして、先生が尋ね返す。
「それはどういう意味でしょう?」
「そのままの意味ですわ。 わたくしどもには娘が三人おりますけれど、どの娘にも『理不尽とは戦え』と教えてきました。
大人になればどうしても理不尽に負けます。 
無茶だと知っていても、戦う術を教えておきたいのです。理不尽に負けるのはまだ先で充分です」
「だからといって、むやみに戦うのがいいとは思われませんが」
「先生はご自身の自尊心が傷つけられても、黙っているんですか? それと同じことです。 幼い子どもにも自尊心はありますよ。で、そのお相手の方はどこにおりますの?
お相手の顔を見ておきたいのですけれど」
「別室にいますが、呼びましょうか?」
「ええ、呼んでいただけますか」



しばらくして、永野と母親だろう女性が姿を現した。
「永野さんです」
先生が相手の名をお母さんに告げる。
「このたびはうちの娘が大変申し訳ありませんでした」
お母さんが深々と頭を下げる。
その姿を見て、あたしは急に恥ずかしくなる。
お母さんにこんなことをさせていることが、悔しくてみじめに思える。
「藤谷さん、頭をあげてください。 謝っていただく必要はありませんよ。 先にうちの子がいちゃもんをつけたようですし、娘さんは顔に怪我なさってるじゃないですか」
つい、ほほを触る。
結構離れた場所からでも見えるほどの傷なのか。
あの時は気にしなかったが、指摘されてちょっと気になってしまう。
永野の母親はあたしの顔をのぞきこむようなしぐさをしながら、声をかけてきた。
「ほんっとにうちのバカ息子がごめんなさいね。他にどこか怪我してない?」
「大丈夫です」
あたしはやっとのことでそれだけ答えて、後は黙っていた。
「あんたは謝ったの?!」
永野の母親は息子に向かって、怒鳴り散らした。
「謝ったよ」
「――じゃあ、この件はこれでおしまいということにしましょう。 藤谷さんも永野さんもそれでよろしいですね?」
「はい」
「はい」
「本日はご足労いただきありがとうございました。
――あと、藤谷さん、高崎先生から水樹さんのことでお話があるそうなんですが」
その声と同時に高崎先生が会議室に入ってきた。 
とたんにお母さんの眉がつりあがった。
高崎先生は、お姉ちゃんのクラスの担任の先生だ。
「佐藤先生」
「はい、何でしょうか?」
「初めから、このつもりでわたくしを呼び出したんですね?」
「いいえ、そんなことは……」
「おかしいと思いましたわ。まぁ、それに関してはわたくしも軽率でした」
佐藤先生に言い終えると同時に、お母さんは高崎先生へ話を向ける。
「――高崎先生、水樹の進路の話がしたければ本人と話をしていただけますか? わたくしども親は一切、進路に口出ししないことにしておりますので」
「しかし、お母様、彼女ならこの地区のどこの高校でも……」
「『これ以上の話は本人と』と、わたくし、いま申し上げましたわね?」
「……はい、聞いておりました」
「ならば、そのようにお願いいたしますわ。 わたくし、これで失礼します」
お母さんはあたしの腕をつかんで、共に第二会議室を後にした。



       
 「今の話、何……?」
「お姉ちゃんの高校の話よ。水樹が頭いいもんだから、先生が『もっと上に行かせろ』ってお母さんたちにせっついてくるのよ」
そうだったのか。
頭がいいっていうのも大変なんだなぁ。
お姉ちゃんの学校での生活は校舎の階も違うためか、何も知らない。
生徒会長として出てくる時以外は、何も。



                

 お母さんを校門まで見送って、教室に戻ることにした。
さっきの深々と頭をさげるお母さんの姿が頭から離れない。


 あたしが子どもだから、お母さんに頭をさげさせなくてはならない。
お母さんの後ろ姿を思い出しながら、奥歯をこれでもかというくらい噛みしめる。
いくら『信じる』と言ってくれた友だちがいても、心が折れそうになる。
――自分の行動に責任を持たなくちゃいけないんだ。
中学生だとしても、いや、中学生になったからこそ。

      

    




    
                                

                  
第三話(3)・終

モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 Ai Sunahara All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-