今日のホームルームは、いつもより少し長めだった。
というのも、佐藤先生が『藤谷瞳のカンニング疑惑』を議題に取り上げたからだ。
誰も積極的に聞きたい話題ではないはずなのに、あえて言う必要があるだろうか。
しかもほとんどの人間があの場にいたのだから、聞かなくても判りそうなものだ。
それをわざわざ説明しようという、先生がわからなかった。
「……先日、藤谷さんと永野君の間で揉め事がありました。
藤谷さんが林くんの答案をカンニングをしたと永野君が疑いをかけて、やっていない、という藤谷さんとケンカ騒ぎになりました。その後二人から事情を聞いて、永野君は嘘だったと認めました。
先生はこれ以上は追及しません。皆さんも話題にすることを禁じます」
クラス中がざわめく。
まだ疑っている人間が多いということなのか。
それも仕方ないのかもしれない。
西山中学はあたしたちが卒業した西町小学校と、高山小学校の卒業生、そして新しく作られた若葉団地・木原団地の生徒で成り立っている。
『西』町+高『山』で、『西山』中学校というわけだ。
若葉・木原団地は高山小学校の学区に入っている。
高山小学校と若葉・木原両団地出身の生徒とは、入学してから二ヶ月ほどの付き合いにしかならない。
今まで深く知らなかった同級生の話を簡単に信じるにはまだ日が浅い。
『信じろ』と言われても無理な話だ。
あたしはそう感じつつ、鈴木のことを思った。
あたしが西町小学校に転入したのは、二年前のこと。
「信じる」と言ってくれたのはとても嬉しかった。
けれど彼との友情もまだ浅いはずなのに、なぜ『信じる』と言ってくれたのか。
友だちだからか、それとも『藤谷瞳』だからか、その両方か。
「先生」
教室の後方から誰かが手をあげた。
振り返ると、女子の学級委員の斎木彩花だ。
「一つ質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「藤谷さんは『カンニングはしていない』と言ったんですか?」
「そうです」
「証拠はありますか?」
質問の声は佐藤先生に向けられているが、視線は明らかにあたしを見ている。
彼女の目は正義感に満ち溢れていた。
彼女にとって、この問題でクラスをひっかき回されるのが迷惑なのだろう。
あたしはクラスを巻き込んで、わざと問題を起こしたわけじゃない。
自分に悪意をもって向かってきたものを振り払っただけ。
それをクラスの問題児扱いされたのではたまったものではない。
「斎木さん、着席してください」
「証拠があったのかどうか、それが判ったら座ります」
「先生」
あたしは立ち上がった。
「あたしから皆に説明したいんですが、いいですか?」
佐藤先生は一瞬、動きを止めた。そして、目を伏せる。
「……いいでしょう。あなたからの方が皆も判りやすいでしょう」
「ありがとうございます」
自分の席を離れて、教壇に登る。
「斎木さん、座りなさい」
先生がもう一度彼女に声をかけるが、それを止めた。
「先生、いいんです」
彼女が自分なりに納得すれば、勝手に座るだろう。
一息おいてから、あたしは話し始めた。
「おととい、あたしは永野君に言いがかりをつけられました。
『藤谷は林の答案をカンニングして、クラスで最高点を取った』と。
林くんは出席番号順で行くとあたしの斜め前になります。確かに斜め前なら答案を盗み見ることはできるでしょう」
ここまで言うと、一気に教室がざわざわし始める。
「しかし」
わざと騒がしさをさえぎろうと、あたしは大声を出す。
「もともとあたしは国語は得意科目だし、そんなことをしなくてもいい点数が取れます。 もちろん、『そんなことしていない』と言いました。 けれど、永野君は聞いてくれませんでした。
永野君の出席番号順は林くんの前です。ということはあたしの二つ前になります。 もし前にいる彼が後ろにいるあたしのことを見ていたなら、彼の方がカンニングになるんです」
そこまで言ってから、教室全体を見渡す。
机に視線を落としている人もいれば、チラチラと永野の方を見ている人もいる。
前を見ているのは、立ったままの斎木彩花と世良だけだ。
「ケンカになり、佐藤先生に職員室に連れて行かれて初めて彼は『言いがかりだった』と認めました。 お姉ちゃんが生徒会長だと思って威張っている、あたしが生意気だからだと」
みんなが顔をいっせいに上げ、前を見つめる。
あたしはもう一度言葉を切り、息を深く吸い込んだ。
「お姉ちゃんが生徒会長なのはあたしの責任ではないですよね?
お姉ちゃんは自分の意志で生徒会に入り、この学校の皆に認められて会長になったんです。 それについてあたしがどうこう言う権利はないんです。 何かを言う権利があるのは本人だけです。
もしお姉ちゃんを使って威張っているように見えたなら、それについては謝ります」
顔をあげ、教室全体を見渡す。
そして、立ったままの斎木彩花に声をかける。
「斎木さん、納得していただけましたか?」
「……わかりました」
斎木彩花は小さく返事をして席についた。
騒がしさが次第に止み、いつものホームルームが始まる。
自分の席に戻る。
ああは言ってみたものの、あたしのことを信じる人、永野のことを信じる人、それぞれいるだろう。
それなら、それでもいい。
信じてくれるひとたちがいるなら立っていられる。
そう思えた。
第三話(4)・終