あたしは入学後から剣道部に所属している。
小学校時代はバスケ部にいたけど、中学に行ってお姉ちゃんと比べられるのが嫌だったから、入るなら別の運動部にしようと考えていた。
剣道にしたのは、それまで経験したことのないものだったからだ。
部活動見学の時に感じた、背すじの伸びる空気。
今までと違う、『大人』を感じた瞬間だった。
授業を終えると、急いで部室へ向かう。
西山中学には武道場がない。
体育の科目として取り入れられているため、柔道場はある。
が、そこはあくまで柔道部のもので剣道部が使うことはない。
今日は体育館が使える日だ。
普段は校舎の周りを走ったり、ちょっとしたトレーニングしかできない。
体育館が使える日はとても貴重だ。
狭い部室で急いで胴着に着替えていると、後ろから手首を引っ張られた。
「な……」
何するんですか、と言いかける。
2年の先輩たちが5・6人集まって、あたしの手首をまじまじと見ている。
先輩たちの方に向き直る。
「いきなり、何するんですか!」
口を開いたのは、そのなかの松浦という先輩だった。
「こんなもの、つけてきていいと思ってんの?」
「は?」
何を言われているか、判らなかった。
つけている時計は派手なものではない。
中学生にしては充分すぎるぐらい地味なものである。
「預かってあげるから、よこしなさいよ」
「嫌です」
「よこしなさいよ」
「嫌です」
松浦先輩と数分間、にらみ合った。
横から他の先輩が手をかけてくるが、顔を正面に向いたまま振り払う。
この腕時計は亡くなった祖父が『瞳が中学に進むときに渡すように』と父に預けたもの。
まだ元気だった頃に用意していたものだと、亡くなった後に判った。
友だちに「貸して」と言われても、貸すことはできない。
まして、やすやすと他人に渡せるものではない。
その時、部室の扉が開いた。
部長で唯一の3年生、奥田先輩である。
「準備できた人から早く体育館に集合して。練習が始められないでしょう」
「はーい」
先輩たちは返事をしながら、あたしの後ろをすり抜けて次々と出て行く。
松浦先輩も出て行くために目線を外した。
あたしにきつい視線をくれて、ものすごい音をたてて扉を閉めた。
なぜ、先輩が敵意を向けるのか。
理由がわからない。
一方的に嫌われている。
――あたしがいったい、何をしたというの?
気に入らないなら、そうはっきり言えばいいのに。
外見は大人と変わらなくても、やっぱり中身は子どもということか。
第四話(1)・終