「辞退って、どういうことですか?」
山内先生に聞き返す。
「本人から聞いている話では『千寿市外に転校するのだから、中原中学の生徒として出ることはできない』という理由で、県大会出場を辞退したとのことだ。 今年の白和区の区大会では2位入賞。 中原中学の陸上部顧問と県の中体連本部にも確認したんだがどうやら本当らしい」
千寿市には
青林・
宮乃・
白和・
伊澄・
若竹の五つの区がある。
その一つ、白和区で2位ということは相当の実力があると思っていい。
「『千寿市外に転校するから』って言ったんですね?」
「あぁ」
もし、うちじゃなく中原中学の学区内にある秋子叔母さんのところに行ってれば、出られたかもしれないんだ。
転校してくる前に言ってくれてたら、何とかなったかもしれない。
叔父さんたちも引越しを遅らせるとか、考えてくれたかもしれないのに。
「この雑誌を知っているか?」
一冊の雑誌を目の前に差し出された。
『陸上ファン』と大きな文字で書かれた、その雑誌を見たことはなかった。
「いいえ」
「昨年の秋、県新人大会が終わった頃のものだ。 巻頭の記事の中に赤垣のことも書いてある」
「えっ!」
驚いて、雑誌をめくる。
『期待の新人たち』という記事の中、展人の名が確かにあった。
あたしが勝手にライバルだと思っている、相川中学の恵庭冴良の名も。
何で、何で?!
あんなに跳べるのに。
きっと、跳びたいはずなのに――。
「どうして……」
あたしが呟いた言葉を、山内先生は逃さなかった。
「県大会の出場条件に『県内転校生徒はその理由にかかわらず出場を許可しない』という文言があるんだ。 辞退もおそらくそのせいだろう」
「だからって……言ってくれれば」
「もし赤垣が打ちあけていたら、藤谷は何とかできたのか?」
突然つきつけられた疑問に、先生の顔を見る。
先生の目は険しいものだった。
「いいえ……」
「……てっきり聞いているものだと思って話してしまった、悪かったな。 その雑誌も荷物と一緒に持って行ってくれ」
先生の目からはさっきのけわしさが消え、穏やかなものに変わっていた。
「はい」
荷物を抱えて部室へ向かいながら、あたしはさっき突きつけられた疑問の言葉を考えていた。
『もし赤垣が打ちあけていたら、藤谷は何とかできたのか?』
展人がきちんと考えて結論を出して、自分なりにケリをつけてきたこと。
それをあたしがどうこう言うことはできない。
できることなど、もうないとわかっている。
『県内転校生徒はその理由にかかわらず出場を許可しない』
県大会の出場条件がそうなっているなら、西山中学に来たからには遅かれ早かれ辞退することになっていただろう。
それでも。
どうして話してくれなかったのか。
第十一話(11)・終