モドル | ススム | モクジ

● CATCH FIRE 13  ●

 「瞳、座れ」
展人は、あたしに座るように言う。
そして机の上の箱から、『陸上ファン』を手元に引き取る。
それを手にしたまま、展人が座る。
何から話せばいいのか、考えているようだ。
「俺が前の学校でも陸上部員だったのは、みんな知ってるよな?」
みんながうなずく。
入部の日に、150まで跳んでみせたのはまだ記憶に新しい。
「俺がいた中原中学校は、顧問がハイジャンに力を入れていた。 そんなことも知らずに、俺は陸上部に入部してハイジャンを始めた。
最初のうちはよかったんだ。―――うまくなっていくことを身体そのもので感じて、だんだん高くなっていくバーやはっきりと数字に現れる記録に達成感を得た。
そして白和区の中体連陸上や記録会、県大会に出て、別の学校のライバルを知り、跳ぶ楽しさを知った」




 展人が一年前に中原中学で感じていたこと。
これは、今のあたしそのままだ。
伸びる記録が楽しみで、大会に出て練習が身になっていることを感じ、恵庭冴良というライバルを得た、あたしだ。



 「それが、これに載った頃から状況は変わった」
展人の手には握られたままの『陸上ファン』がある。
「自分にかけられた期待は、そのまま自分に返ってきた。 雑誌に載ったことで学校内にファンクラブができて、周囲が騒がしくなって練習に支障が出始めたのとほぼ同じ頃から、どれだけ練習しても『楽しい』『好きで跳んでる』と思えなくなっていった。
それでも、陸上部をやめることはできずにずるずると時間だけが過ぎた。 年が明けたころに父親の転勤が決まって、思った。『これでここから離れられる』、と」




 「待ってよ」
あたしは展人の話をさえぎった。
「中原中学の学区内転居なら、もしかして県大会、行けたんじゃないの?」
秋子叔母さんの家に同居だったら県大会に行けたかもしれないのに、何であえてうちに来たのか?
「それは知ってた。 転校するかもしれないとわかった時、顧問に聞いたからな。 それでも俺はあそこから離れることしか考えられなかった。 もしあのままなら、ハイジャンどころか陸上そのものを嫌いになりそうだった。
『好き』で始めたはずなのに、苦しめられている。 そう思ったとき、本当に絶望した」
あたしは、息を飲む。
あんな風に跳べる人がハイジャンを捨てていたかもしれないなんて。
「それでも練習は続けていたから、今年の白和区の大会で2位入賞してしまった。 大会の次の日、顧問に告げたよ。 『転校するから、県大会を辞退する』って」
「―――!!」
みんなが息を飲んだのがわかる。
展人の行為がどれほどのものであるか、みんなわかっているだけに驚きを隠しきれない。
「まだどこに転校するか決まっていなかったけど、それでもよかった。
『中平市だろうが、九州だろうが行ってやる』。 そんな気持ちだった」
「九州?!」
みんな展人の方でなく、あたしの方を見る。
何でよ?!
「叔父さん九州に転勤だったから、本当ならあっちに行くかもしれなかったの」
みんなにいっせいに見つめられたあたしが弁解するはめになった。



 「まぁ結局、両親と伯父さん―瞳の父親だな―との間で話がついて、俺はここにいる。 大会とかそういうことから離れて、ゆっくりと自分自身を見つめなおすことからやっていきたいんだ。 今なら秋の県新人大会まで間が開くからな」
「………」
誰も言葉が出せずにいる。
『教えろ』と言った鈴木ですら、顔がうっすら青ざめている。
そんな重すぎるほどの想いを抱えて、ここにやってきたというのか。





 『好き』って気持ちもないと、続かないのかな。
『ずっとやっていたい』は『楽しい』も『好き』も含まれてるのか、よくわからない。
あたしは今まで、『楽しい』だけで走ってきた。
速くなっていく自分を感じることも楽しい。
自分のその想いは間違いじゃないと言える。
『楽しい』だけじゃだめなのかな。
今、胸に宿るあたたかい火のような、そんな気持ちだけでは強くなれないのかな。


                                                    






                                                  
第十一話(13)・終
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2009 Ai Sunahara All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-