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● CATCH FIRE 15  ●

 あたしはダッシュで部室に戻った。
展人に大股歩きで近づくと、力強くワイシャツをつかんだ。
さっきの鈴木のように。
「話がある」
それだけ告げて、大きな目で展人の目を下から見つめる。
あたしに応えるように展人が言う。
「離せ。 『話がしたい』って態度じゃないだろ、これは」
それもそうだ。
あたしはそっと手を離す。
釘づけになった周囲の視線を避けるように、続けた。
「みんな悪いけど、先に部活やっててくれるか? 俺はこいつと話さなきゃいけないみたいだから」
何でそんなあいまいな言い方をするのか。
自分が当事者という意識がないのか。




みんなが外に出た部室で、あたしたちは向き合っている。
「で、何を聞きたいんだ? 県大会辞退とここに来た理由はさっきの通りだ」
そんなことが聞きたいんじゃない。
あたしは言葉を続けようとしたが、たくさんの疑問がわきあがるだけでなかなか言葉にならない。
さっき、鈴木にだけ聞こえるように告げたあの言葉。
あたしを巻き込んでもいいという、その本当の意味。
『あたしなら、適当にあしらう』
それは、表向きの意味なんじゃないかと思えた。
そして……鈴木に見られた、あの日のこと。
展人は、本当にあたしのことが好きなのかどうか。
東階段で語られた言葉は、あいまいなままだ。
「鈴木のことは気にするな」
頭を見透かされてしまったみたいな展人の言葉に、ハッとする。
「さっきの言葉はお前が知る必要はない。 あいつにだけ伝わるよう、あんな形で言ったんだからな」
わざと聞かせるように仕掛けたってこと?
「何で……」
「お前は知らなくていいことだ」
「どうして?」
自分が関わっていることを知らないままにしておくのは嫌だ。
「いずれわかるさ」
「本当ね?」
展人がゆっくりとうなずく。
鈴木も「『今は』言えない」と言っていた。
本当にいつかわかることなら、今はそれを信じよう。





 「この前聞いたことは、本当なの?」
「この前って?」
「『俺は噂を本当にしてもいいと思ってる』って」
「あぁ。――お前が、俺だけを見てくれるならな」
展人だけを見る。
それは展人を『いとこ』じゃなくて、ひとりの『男の人』として自分の中に置くということ。
そして今までみたいに鈴木や佐々田たちと一緒にいられないということ。




 「俺だけ見てろ」
展人がそう言って、あたしをそばに引き寄せる。
前に、抱きしめられた時のように。
あたしはそれを拒否した。
「離して」
2年B組の教室、ロッカーの前で座り込んでうつむいていた鈴木の姿が浮かんだ。
『藤谷が誰とつきあおうと俺が口出しできないのはわかってる』
あの寂しそうで悲しそうな顔が、告げられた言葉と共に頭の中によみがえる。



 どうして今、鈴木の顔が浮かぶのか。
あたしはまだ、その理由にたどりつけずにいる。





                                     

                                      
第十一話(15)・終

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