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● CATCH FIRE 5  ●

 「離して!」
握った左手を展人の二の腕に叩きつける。
二発目を叩き込んだら、解放してくれた。
あたしは走り出した。
――このままじゃ、絶対、ダメだ。

   

 猛ダッシュで廊下を走りぬける。
階段もその勢いのまま、駆けあがる。
もうあんな目を見つめ返すのは、嫌だ。
あたしを映しているようで、何も見ていない目を二度と見たくない。
空虚ってああいうことを言うのかもしれない。




 2年B組の教室まで戻ってきた。
みんな帰ったみたいで、誰もいない。
と、思っていたら、ロッカーの前に誰かいる。
鈴木が座っていた。
顔はうつむいている。
「……鈴木?」
声をかけると、蚊の鳴くような声が返ってきた。
「何でだよ……」
「え?」
「藤谷が誰とつきあおうと俺が口出しできないのはわかってる。 でも、……」
その言葉で、あたしは地獄に突き落とされた気分になる。
「あたし、展人とつきあったりしてないし、これからもないよ。 何でそうなるの?」
「さっき、東階段のところで抱き合ってただろ」
やっぱりあれは鈴木だった。
見間違いであってほしかった。
「あれは違うっていうのか!」
「ちが……」
違う、と言いかけて、やめてしまう。
後ろめたいことは何一つない。
それなのに、何て説明していいかわからない。
「言えないんだろ? いいよ、もう」
鈴木が立ち上がり、教室を出て行こうとする。
「待ってよ! 『もういい』ってどういう事?」
追いかけて歩き出すあたしに、突きつけられた言葉はとても残酷なものだった。
「俺、藤谷としばらく話したくない」
鈴木はそれだけ言うと、引き戸になっている扉を激しく閉めた。





 あたしはぼうぜんとしてしまって、追いかけることもできなかった。
――こんなことで、終わるの? 
もう、友だちではいられないんだろうか?
ずっと一緒にいられると思ってた。
どこまでも遠い地平の果てまでも。
それは、あたしだけの思い込みだったんだろうか。





 手のひらにこぼれた水滴で、頬を流れるものの存在に気づく。
それをぬぐう気力さえ、今のあたしにはなかった。

         

    

    





                                        
第十一話(5)・終
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