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● CATCH FIRE 6  ●

 頬を流れる涙を、押しやるようにふき取る。
まだ、できることはあるはずだ。
そう自分に言い聞かせる。

   

 カバンと体育着入れを自分の机から持ち上げる。
とぼとぼと歩きながら、昇降口に向かう。
『しばらく話したくない』
歩きながら、鈴木の声が蘇る。
思い出しながら、また泣きそうになる。
そういえば、いつものやわらかい声じゃなく、ちょっとざらついた声だった。
――もしかして、声変わり?  
いつも一緒にいたのにちっとも気づかなかった。
変化に気づかないぐらいに、あたしたちは遠くなっていた。
近くにいるようで、遠い。
こんなに寂しいと感じたのは、生まれて初めてだ。



東階段を通ると、展人が待っていてくれた。
正直、顔を見たくなかった。
「先に部活、行くぞ」
声をかけて、軽く頭をなでていった。
後を追うように歩き出す。
誰を追いかけて行ったのかも、泣いた目が赤いだろうことも、何も聞かなかった。
そして、さっきの言葉と行動が本当なのか違うのか、話さない。
もし本気なら、答えを出さなくちゃいけないのに。
歩幅を少し早める。
気分を晴らすためにも、とにかくひたすら走りたい。
校舎の外周10周だろうが30メートルダッシュ50本だろうが、今なら簡単に走れそうな気がする。



   
 部室に行くと、着替えた鈴木が出てくるところとかちあった。
鈴木が一瞬、気まずそうな表情をした。
それでも目を伏せ、あたしが外から開けた扉を出て行った。
声すらかけられなかったことが、さっきの教室でのやりとりは現実なのだとあたしに教えていた。





 100%誰かのことをわかろうとしても、無理だって知ってる。
でも、それに近い状態で誰かを『わかりたい』と思って、いろんな話をする。
そして気が合えば、友だちになっていく。
あたしは今まで誰に対しても、そうしてきたつもりだ。
陸上部のみんな、クラスのみんな、世良や智穂にも、佐々田や鈴木にも。
なのに、どうして今、鈴木だけをこんなにも『わかりたい』と思うのか。



    


   


                                                  
第十一話(6)・終

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