FAKE 3 嵐の予兆

 ――12月中旬。
周囲が目に見えて焦りだしたのがわかるころ、早百合は担任教師の相原に呼び出しを受けた。
そろそろ推薦で受験した大学から結果が来ているのだろう。
だから、合格通知と入学手続きに必要な書類の一切を渡された時も驚きはなかった。
「合格おめでとう。よく頑張ったな」
相原は封筒に入った書類を渡しながら言う。
「ありがとうございます」
「そういえば宮本は奨学金の事前予約をしているんだったな?」
「はい」
「親御さんにこれを確認してもらってくれ。 詳しいことは中に手紙を入れておいたから」
相原は机の引き出しから茶封筒を小百合に渡した。
「何ですか?」
「とにかく親御さんに渡しなさい。 渡せばわかるようにしてある」
相原は小百合の問いかけを遮り、強い口調で告げた。



 早百合が夕食の席につくと、いつも以上のボリュームの夕食が整えられていた。
帰る前に「大学に受かったよ」と母に連絡してあったせいか、テーブルにはケーキがホールで二つも乗っている。
「こんなに食べられないよ」
早百合は母に言う。
「あら、章仁だってお父さんだってお母さんだって食べるわよ?」
それでもホール二つ分のケーキと炒飯、エビチリ、揚げだし豆腐、鯛の煮魚に柴漬けとサラダは四人家族でも余るだろう。
「明日、学校に持っていって佳乃ちゃんと食べたらいいじゃない。 こっちは生クリーム使ってないから日持ちするわよ」
「そうしようかな」
母親のあまりに嬉しそうな顔を見て、早百合はつぶやいた。
「タッパーに詰めておくから、忘れないで持っていくのよ」
「はぁい」
「「ただいま」」
玄関から二人分の声が聞こえた。
章仁と父親が帰ってきたようだ。
居間に入ってきた章仁が後ろに手を置いたまま、早百合に近寄る。
「姉ちゃん、これ」
早百合はぶっきらぼうに差し出された紙袋を受け取って、中身を見た。
ちりめんの布で作られた和風のポーチが入っている。
「これ……」
「大学受かったんだろ? お母さんからメール来たから、帰りに買ってきたんだ」
「ありがとう、章仁」
「章仁の小遣いだけじゃ足りなくて、お父さんも少し出したけどな」
「父さんっ」
章仁があわてて父親を制する。
「さぁさ、全員そろったんだからご飯にしましょ。 お父さんと章仁は着替えてきてちょうだいな」
二人が立ち去ろうとしたそのとき、父のカバンからひらりと一枚の紙が落ちた。
「お父さ……」
それを拾った早百合は父に声をかけようとしたが、父の姿は廊下の奥に消えていた。
そういえば相原からもらった茶封筒がある。
あれと一緒に渡せばいいや。
早百合はその紙をブラウスの胸ポケットにしまった。


 夕食の後で、相原から渡された茶封筒を父に渡すと「わかった。 あとは先生と直接話すから」とだけ言った。
早百合にはいったい何があったのか、まったくわからない。
自分の部屋に戻ってから胸ポケットの紙を思い出した。
そっと取り出して見てみると、それはただの紙ではなく写真だった。
半そでシャツを着た父親とパジャマ姿の母親が寄り添って写っている。
父親の腕の中には生後まもないと思われるぐらいに小さな赤ん坊がいた。
病室で撮ったのだろう、二人ともベッドの上に座っている。
何気なく写真を裏返すと、文字が書いてある。
さっき見つけられなかったのは、すぐにポケットにしまったからだろうか。
『昭和58年8月13日 生後4日目に早百合と』


 早百合は衝撃を受けた。
早百合が生まれたのは平成2年7月22日。
赤ん坊を抱いているのはたしかに早百合の両親だ。
『生後4日目』で面会できるということは親戚の子?
だけど、母親のパジャマ姿がその可能性を打ち消した。
親戚の子のお祝いに行ったなら、二人とも普通の服を着ているはず。
早百合の記憶は幼い頃から章仁と二人姉弟だった。
――どういうこと?
早百合の頭は混乱していた。