FAKE 4 早百合という名の少女

 「親と自分の関係を証明できる書類って何があると思う?」
翌日、早百合と佳乃は放課後の教室にいた。
タッパーに詰めて持ってきた、大学合格祝いに母親が作ったケーキをほおばりながら、早百合は尋ねる。
「どうしたの? そんなこと聞くなんて」
佳乃に尋ね返されるが、即答ができない。
言えない。
親と自分の関係を疑っているなんて。
「『親との関係を証明できるもの』ねぇ……」
佳乃は口にフォークを入れたまま、腕組みをして考え込んでいる。


 早百合は佳乃を見ながら、父が落としていった写真を思い出す。
早百合の誕生日を間違えて書いたのだろうか?
誕生日はともかく、生年まで間違えるだろうか?
それに早百合の誕生日『7月22日』と写真に書かれていた『8月13日』では日にちに開きがありすぎるように思う。
一日や二日ならともかく、三週間も違う。
いったい、あの写真は何なのだろう。


 「あ、ねぇ、住民票は?」
「住民票?」
「そう。 あたし、受験終わったら車の免許取りに行こうと思って、母親に市役所に住民票取りに行ってもらったよ。 それじゃダメかな?」
それだ。
早百合は突然立ち上がり、机ごしに佳乃を抱きしめた。
「ありがとう、佳乃!」
「ちょ、な、早百合?!」
佳乃は驚いて声をあげる。
だが、早百合は佳乃の抗議に耳を貸さなかった。
そのまま、机の横のカバンをつかんで教室を出る。
「ごめん、帰る!!」
「ちょっと! 待ちなさいよ、早百合!」
佳乃は早百合の腕をつかんだ。
「市役所に行くつもり? もしそうならハンコ必要なんだけど、今日持ってるの?」
「え」
高校生が常にハンコを持ち歩いているわけはない。
「まぁ、100円均一で買っていけばいいか。 一緒に行くよ」
佳乃が早百合から離れて、机の上のタッパーを片づけはじめる。


 市役所は二人の通う高校から徒歩15分ほどのところにある。
「そもそも何でそんなものが必要なの?」
学校を出て、歩きながら佳乃が聞いてくる。
早百合は佳乃の顔を見つめる。
この親友にならば、話してしまってもいいだろうか?
早百合はカバンの中から、父が落としていったあの写真を取り出して佳乃の前に差し出す。
「何これ。写真じゃん」
「問題はその裏よ」
佳乃が写真を裏返す。
「その文字が問題なの」
書かれた内容が嘘なのか、それとも本当なのか。
それを確かめる一歩として、市役所に行く。
「お父さんかお母さんに聞いてみた? 単なる勘違いかもしれないよ」
「聞けないわ」
母は早百合が生まれた頃の話をすることもあるが、父はほとんどしない。
それは早百合が両親の本当の子ではないからなのか。
母は優しいから嘘の記憶を作って話しているのではないのか。
疑い始めればキリがない。

 
 「住民票が欲しいのですが」
市役所の案内係に行って尋ねると、「住民課に行ってください」という返答が来る。
住民課の窓口は一階の出入り口を入ってすぐにあった。
「住民票が欲しいのですが」
窓口でさっきと同じことを告げる。
窓口の職員が後ろの机を指差しながら、言う。
「緑色の申請用紙に必要事項を書いてください。 ハンコはお持ちですか?」
「はい」
来る前に近くで買って来た。
全部書き終えて窓口に出すと、さっきの職員が言う。
「順番にお呼びしますので、イスにかけてお待ちください」
佳乃と二人で座るが、5分もしないうちに名前が呼ばれた。
「宮本さん、宮本早百合さん」
「はい」
「お待たせしました」
手元に来たのは薄い一枚の紙。
窓口から少し離れて、出てきたばかりの住民票をよく読む。
早百合の名前、誕生日、本籍地、……そして、両親との続柄。
続柄は「子」としか書かれていない。
「すいません」
もう一度窓口に呼びかける。
「はい、なんでしょう?」
早百合は住民票に書かれた続柄を指さしながら、尋ねる。
「ここって、「子」以外が書かれることはありますか?」
「養子や養女になっている人は『養子』や『養女』になっていますよ」
「そうですか……」
早百合の気持ちは一瞬にして落ち込んでいく。
両親と血がつながっていることは間違いない。
しかし、頭の中に何かが引っかかっている。
「もしかして、続柄を調べにいらしたんですか?」
窓口の職員が早百合の様子を見て、尋ねてくる。
「そうです」
「それでしたら、戸籍謄本を取られた方が確実です。 申請書を再度お書きいただければお出ししますけど、いかがなさいますか?」
「それを取れば両親との続柄はわかりますか?」
「わかります」
「それではお願いします」
早百合は間髪入れずに答え返していた。

 同じように申請書を書き、窓口に出すと今度は少し厚いものが出てきた。
「こちらが宮本さんの戸籍謄本になります。 もし戸籍を見てわからないことがありましたらお声掛けください」
「ありがとうございます」
さっきの住民票と戸籍謄本の代金を払って、佳乃の座るいすに戻る。
戸籍謄本は二枚で綴じられていて、一番最初は父の名前や誕生日、両親として祖父母の名前が書いてある。
二枚目をめくると父と同じように母の名前や誕生日、母方の祖父母の名前が両親の欄に書かれていた。
その隣の欄が早百合の欄になっている。
一番上、名前の更に上。
そこに書かれた続柄が『二女(じじょ)』になっている。
両親の名前の下にも続柄欄がある。
そこも『二女』だ。


 今の今まで、早百合は宮本家の『長女』だと思っていた。
早百合が『二女』なら、いったい『長女』は誰だ?
どこにいる?