FAKE 5 私は誰

 早百合は自分の部屋で、制服を脱ぐこともカバンを机に置くことも忘れてしまっていた。
役所の窓口で受け取った、あの戸籍には『長女』という文字も痕跡も何もなかった。
早百合がもし本当に宮本家の『二女』だというなら、『長女』はいったいどこにいるのだろう?


 時はわずかにさかのぼる。
「これは間違いじゃないんですか?」
自分が『長女』になっていない戸籍を見て、早百合は窓口の職員に問いかけていた。
「間違い、ですか……」
「私が長女なんです。なのに、ここに『二女』って書いてありますよね」
早百合の手元の戸籍を見た窓口の職員は言った。
「もし、書き間違いだとしてもこちらでは訂正できないんです」
「どうしてですか?」
「あなたのご家族の戸籍は元からここにあったものではなく、別の場所から移動してこの役所に置いてあるんです。ですので、あなたの戸籍が最初に作られた役所に確認を取って、家庭裁判所の許可を得ないと書きかえることができないんです」
「私の戸籍が最初に作られた場所………その役所ってどこですか?」
「この部分を見てください。『平成弐年七月弐拾弐日宮城県仙台市太白区にて出生同月弐拾八日父届出入籍』となっています」
早百合は職員の言葉にうなずいた。
確かに視線の先にはその言葉が書いてある。
「あなたの戸籍が最初に作られたのは、宮城県仙台市太白区、つまり宮城県仙台市の太白区役所ということになります」
「その最初の戸籍を見るには、どうしたらいいんですか?」
「あなたが直接太白区役所に行くか、郵送で請求するかのどちらかです」
「………」
早百合は母の実家がある仙台で生まれたということか。
いったん郵送での請求のやり方を聞いて、早百合と佳乃は役所を立ち去った。


 宮城県まで行けないことはない。
今までアルバイトしていたお金やお年玉が通帳に貯金してある。
だが、今はまだ冬休みにもなっていない。
いくら推薦で大学が決まったとはいっても、学校をサボるのには早百合は抵抗があった。


 郵送で戸籍謄本が請求できるなら、宮城県まで行かなくてもいい。
だが、家にはたいてい母がいる。
宮城県の役所から郵便が来れば、母は怪しまないだろうか?
ずっと両親が隠していたことを、早百合が暴いてもいいのだろうか?



 どちらの方法を使って真実を確かめればいいのか、早百合は迷い始めていた。



 胸の内に重たいものを抱えたまま、家族といつもと変わらない正月を迎えた。
恭平とはクリスマスに日帰りのデートをし、元日には近所の神社へお参りに行った。
恭平は今年から就職活動に入る。
そのため、なかなか会えなくなるかもしれないことをしきりに早百合に謝った。
学校に行けば、まだ大多数の生徒が受験を終えていない。
季節があわただしく過ぎていこうとしていた2月のある日、佳乃が言った。
「早百合、卒業旅行はどこがいいと思う?」
佳乃は1月下旬に早百合とは別の私立大学へ進学を決めていた。
「そうねぇ……」
早百合が一瞬の後、ささやいた言葉は。
「雪が見たいわ」


――卒業旅行なら、両親も何も言わないはず。
早百合は仙台に行く口実として、卒業旅行を利用しようと考えたのだ。
自分は本当に『宮本家の長女、早百合』なのか、それとも別の『早百合』の代わりなのか。
その答えを確かめるために。