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● BE THERE 10  ●

 五時間目が終わり、掃除も帰りの会の間もあたしはずっと鈴木の言葉の意味を考えていた。
――同じ高校に行けたら。
それは、あたしもそうなったらいいなと思う。
あたしと彼は友だちで、みんな誰一人欠けてほしくない、かけがえのないものだから。
けど、あたしの思っている意味と鈴木が言った言葉の意味は違うような気がしてる。
あの真剣な目で、いや、違う、真面目で、けれどどこかに熱を秘めた目が心を貫く。
――どうしよう。
あたしはあのまなざしに、自分なりの答えを出さなくてはいけない。




 そんなことを考えながら、渡り廊下を通りかかる。
ふと、背後から声をかけられる。
「藤谷さん」
「はい」
松浦とのことがあったから、ちょっと返事をするのが怖かった。
振り返ると、そこには見知らぬ人が立っていた。
ネクタイの色は三年生の小豆色だ。
「あの……何か?」
「俺、三年の八坂っていうんだけど、俺と付き合って欲しいんだ」
へ?
「あ、あの……一年にも『藤谷』はいますけど、そっちと間違えてないですか?」
和紗と間違われたのかと思った。
「間違えてないよ。 君は陸上部の『藤谷瞳』さんだろう?」
あたしはうなずいて、尋ね返す。
「『付き合う』って、『彼女』としてってことでしょうか?」
そう言ったら、八坂先輩は真っ赤になった。
「うん、そう」
「ごめんなさい」
先輩が答えるか答えないかの素早さで、あたしはお断りの返事をした。
「もしかして、付き合ってる人がいる?」
「いえ、そうじゃないですけど……あたし、先輩のこと知らないですし」
「じゃあ、これから知ってよ」
先輩があたしの右手をつかむ。
途端に、全身に鳥肌が立った。
何だか気持ち悪い。
「離してください」
先輩が右手をつかむ腕に力をこめた。
「いやだ」
いつもならこんなことされたら、殴り倒すのに。
身長が高くて威圧感があるからか、足も腕も固まったみたいに動けない。
嫌だ。怖い。
それ以上近寄らないで。
「……いやぁーーーっ!!」
声の限りにあたしは叫んだ。



 誰かが走ってくる靴音が聞こえた。
気がつくと、八坂先輩が地面に倒れている。
その頬には殴られたような痕がある。
視界に飛び込んできたのは、展人と鈴木だった。
「藤谷、大丈夫か」
「鈴木……」
鈴木はいつの間にか泣きだしていたあたしの背中に手を当て、さすってくれている。
展人は八坂先輩を怒鳴りつけている。
「瞳に何したんだよ!!」
「何もしてねぇよ。 お前こそ、彼女の何だよ?」
「俺は瞳のいとこ様だ、よく覚えておけ!!」
展人はさらに先輩を蹴った。
「展人、もういいよ」
あたしの言葉に、展人が目をむく。
「お前、こんな、泣くほどの目にあわされて……」
展人はまだ不満そうだ。
あたしは先輩の前に進み出る。
「先輩、本当はあたしのことなんか好きじゃないでしょ」
「そんなこと……」
「特定の誰かを『好き』っていう気持ち、まだあたしはわかりません。
けど、相手のことを思いやることだと思ってます。 好きなのに相手が嫌がることをするんですか?」
『好き』だと言ってくれた人に対して、失礼なのはわかっている。
あたしにもし好きな人ができたなら優しくしたいし、嫌がることはしたくない。
きれいごとかもしれない、でも、ただ単純に疑問に思ったのだ。
八坂先輩は答えなかった。
「行こうぜ」
鈴木が声をかけたのを合図に、あたしたちはその場を立ち去った。




 あたしは真っ青な顔をしていたらしい。
鈴木があたしに声をかける。
「藤谷、そんなんで部活できるのか?」
「へーき……」
答えを返したその瞬間、ふっと一瞬意識が遠のく。
「藤谷?!」
「瞳!!」
二人の声が聞こえたのと同時に、あたしは意識を手放した。



     





                                      
第十話(10)・終
   
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