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● BE THERE 12  ●

 家に着くとすぐに自分の部屋に連れて行かれた。
「お夕飯できるまで眠りなさい」
お母さんの言葉に甘えることにした。
「展人くん、あとで瞳にアイスノン持ってきてやってくれる?」
「はい」
「和紗、お姉ちゃんの着替え手伝ってあげて」
「はぁい」
展人が出て行ったのを見計らって、立ったままスカートを脱ごうとしたら転びそうになる。
「あぁ、もう、」
和紗があたしをベッドに座らせてくれた。
手際よくスカートと靴下を脱がされて、ベッドの上の着替えを渡される。
「ありがと」
「上は自分で着替えてよ。 カバンは机の上に置くからね」
「わかった」
和紗が部屋を出て行き、そのままのかっこうでベッドに横倒しになる。
リボンと髪を結ぶゴムを外して床に置く。
――あたし、何してんだろう。
何一つ答えを出せないまま倒れた自分が情けない。
でも、今何を考えてもどうどう巡りになる、そんな気がした。
何も考えずに眠ろう。
その瞬間、ドアがノックされる。
「瞳、入るぞ」
展人の声に、急いで起きあがる。
スカートとリボンをハンガーに掛け、ブラウスを着替えて椅子にかける。
「どうぞ」
その手にはアイスノンが握られていた。
「ほら」
「ありがと」
受け取ったので、すぐ出て行くかと思ったらそうではなかった。
「お前さぁ、何でさっき鈴木の手を取らなかった?」
「………」
答えられなかった。
「先輩と重なったか?」
「うん……」
「あいつはお前に何もしないよ。 お前が望まない限りな」
それは展人よりも、あたしの方がずっとわかってる。
何年も友だちでいるんだから。
「なら、わかるよな? 後でちゃんと謝っておけよ」
「うん」
「あと一つ、いいこと教えてやるよ」
「何?」
「先輩の顔、痕があっただろ? あれ殴ったの鈴木だぜ」
「えっ!」
てっきり展人がやったんだと思っていた。
鈴木にそんなことさせてしまったなんて、自分が情けなかった。
「謝って、礼も言っておくんだな」



 展人が出て行った後、考えることを拒否するかのように眠りについた。
コンコン、とドアをノックする音で目を覚ます。
お姉ちゃんがお盆を持って入ってきた。
「夕飯、持ってきたよ」
ベッドから起きあがり、ひざの上にお盆を置いてもらう。
「こぼさないでよ」
置いて去ろうとするところを呼び止める。
「お姉ちゃん、聞きたいことがあるの」
「何?」
お姉ちゃんはあたしの学習机の椅子をひっぱり出して座った。
「お姉ちゃんは何で西高に入ろうと思ったの?」
ずっと不思議だったことを、まずはひとつ、ぶつけてみる。



 「『何で』かぁ……」
お姉ちゃんは頭をかきながら、どう答えようか迷っているようだった。
「逢いたいひとがそこにいるから行ったんだよ。正確には『いるはずだから』か」
初耳だ。
「その人はお姉ちゃんの特別な人なの?」
お姉ちゃんは顔を真っ赤にしている。
「……うん、そう。 高校に進学することを考えた時、その人に逢うことしか考えられなかったんだ。
  先生たちには『もっと上の学校を受けなさい』って願書出すギリギリまで言われたよ。
  でも、もしその人が私のそばにいてくれるなら、先のことはどうでもいい、って思えた。 他人から見たらおかしい、と思われるかもしれないけどね」
誰に何を言われようとも、ひとつの姿勢を貫いたんだ。
こんなに意志の強い、でも女の子らしい顔をしたお姉ちゃんを見たのはたぶん、生まれて初めてだ。
「その人には高校で逢えたの?」
「うん。彼も同じ高校にいる」
ってことは、同級生なのかな。
まさか先生とか?
「もし、彼が別の学校に行っちゃってたらどうしたの?」
「どうなってたかな? わかんないや」
そう言って笑うお姉ちゃんの笑顔はとてもきれいで、女の人の顔になってる。
あたしもいつか、こんな風に笑う日が来るのだろうか。
「じゃあ、中学時代に告白されたりした?」
「したよ。みんな断ったけど」
1年生から3年生までよりどりみどりだったわ〜、とお姉ちゃんはつぶやいた。
「あたし今日告白されたんだけど、断ったの。 3年の八坂ってひと」
「あ、それ正解だよ」
「へ?」
「そいつ告白魔で有名なんだよね。私も告白されたことあるし、たぶんあんたの同級生にも告白された子何人もいると思うよ」
やっぱりそんなものか。
そういえば先月ぐらいに酒井さんが告白されたとか何とか言っていたような。
酒井さんは『好きな人がいる』って嘘ついて断ったらしい。
今ごろ思い出した。
まさか月ごとに誰かに告白してるんだろうか。
誰でもいいとかそんな感じって嫌だな。
それって告白魔っていうより、何だか心がないみたい。
詰め寄られた時に感じた怖さは、きっとそんなものも含んでいたんだな。




……よく考えたら、同年代の『男の人』に詰め寄られたのって初めてかも。
展人は『男の人』っていうより『いとこ』っていうのが強すぎて、そういう感じがしない。
佐々田や鈴木は、小学校の時から見てしまっているから、やっぱりそういう感じがしないな。
あたしがまだ誰かをそういう特別な目で見たことがないからかも。
もし、好きな人に詰め寄られたら、怖くないのかな。
そんなことを思った。

      





                                          
第十話(12)・終

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