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● BE THERE 4  ●

 朝のホームルームが終わり、二人の転校生の机のまわりにはあっという間に人垣ができた。
あたしは黒板を消し終えたあと、自分の後ろの席にできた人垣をかきわけた。
葛西かさいさん」
彼女がふ、と視線をあげる。
「『藤谷瞳』を覚えてる?」
どうしてその名前を知っているのか、と言わんばかりに、智穂は目を丸くしている。
少し考えるしぐさをしてから、優しくほほえむ。
意味がわかったのだろう、柔らかい声で答えを返してきた。
「覚えているわ。―――久しぶりね、瞳」
智穂ちほ……!!」
覚えていてくれた。
それだけで嬉しい。
「どうして、こっちに?」
「お父さんが家を買ったの」
昔の我が家と同じような状況で、ということだろう。
「瞳が転校してから同級生たちもかなり、あの団地から離れていったわ」
あたしは離れてからのことを思い浮かべた。
小学校を卒業し、中学に入り、剣道部を辞め、陸上部に入った。
4年、と一口で言っても、それぐらいの長い時間だ。


 「え、何、瞳、葛西さんと知り合いなの?」
すぐそばで会話を聞いていた世良に尋ねられた。
「うん。 幼なじみなの」
「えぇっ?!」
クラスのほぼ全員の視線がくぎづけになる。
何もそんなに驚かなくてもいいのに。
佐々田や鈴木までこっちを見ている。
「……みんな、そんなに意外なの?」
見回すと、みんな首をたてに振っている。
まぁ、『男まさり』の代名詞みたいなあたしと、その反対側にいるみたいな智穂じゃ同じ環境で育ったなんてすぐには信じがたいのだろうな、とは思うけど。
「そういうわけだから、よろしくね」
うちのクラスには転校生に悪さをするような人はいないと信じてる。
でも、出そうな杭は埋めておかないとね。



「あぁ、そうだ」
思い出したみたいに、男子の一群から声があがる。
その真ん中にいたのは、展人だ。
「一応、言っとくと、俺も藤谷瞳の関係者だから」
―――何で、言っちゃうのよ?!
落ち着いてからバラそう、と思っていた、あたしの思惑は外された。
「展人、今言わなくてもいいでしょ!」
「『今、ついでに言っちゃおう』と思って何が悪いんだよ? そんなにわめくなよ、瞳」
「悪いに決まってるでしょ! こっちの都合ってものも考えてよ! それに『ついで』って何よ!」
下の名前を呼んで叫びあうあたしたち二人に、教室中が男女とも『?』マークに包まれる。
「赤垣くん、どういうことだ?」
一番展人の近くにいた鈴木が問い返す。
「俺ら、いとこなんだ。 一緒に暮らしてる」
展人の言葉にクラス中の空気が一瞬にして固まった。
みんな、あたしと展人の顔を何度も見比べている。
佐々田があたしに尋ねた。
「……藤谷、本当か?」
「うん」
一瞬後、クラスは悲鳴といわんばかりの声の洪水に包まれる。
2年B組には他に二組ほどいとこ同士がいる。それなのに。
―――そんなに騒ぐことなのかなぁ?
『一緒に暮らしてる』の部分が騒がれているとは、その時すぐには気づかなかった。




 あたしは教科書を丸めたメガホンで、騒ぎまくる集団に声をはりあげる。
「一時間目、理科室に移動だよ」
その声に気づき、誰ともなく移動を始める。
教室の大きな窓から、空を見上げる。
2年B組の一日は、まだ始まったばかりだ。



         

    

   

    

                                      
第十話(4)・終
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