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● BE THERE 6  ●

あたしには展人が陸上部員だったなんて、すぐには信じられなかった。
だから、言った。
「証拠見せてよ」
「は?」
「体操着くらい持ってきてるでしょ? 走るなり跳ぶなりしてみせてよ」
「あぁ、持ってきてる」
「専門は何?」
「ハイジャン」
「へ?」
走高跳はしりたかとびだよ」
この時初めて、走高跳を『ハイジャン』と呼ぶと知った。



 体操着に着替えていつものようにウォーミングアップをした後、全員で走高跳のマットや器具を用意する。
見学の智穂は校庭の隅っこであたしたちを見守っている。
部長からの情報によると、山内先生は今日は出張で学校にいないらしい。
―――お手並み拝見、といこうじゃないの。
「何センチから行く?」
バーの高さを調節している香取くんと牧村くんが尋ねる。
「130から行く」
助走位置を決めようとしている、展人が答える。
―――いきなりその高さからか。
もうちょっと低い位置から始めるのかと思っただけに、少し驚く。
展人が軽く走って、バーの直前までやって来る。
ちょうどいいところに地面に印をつけたようだ。
高さを調節していた二人から、『OK』の合図が出た。
「後悔するなよ」
すれ違いざまに、あたしに向かって呟く。



 「行きます」
片手をあげ、展人が走り出す。
スピードに乗り、きれいな背面跳びでバーを越える。
重力に逆らわず、けれど、軽く。
この跳び方は、まぎれもなく陸上部員の跳び方だ。
陸上を始めて二ヶ月のあたしでもわかる。
こんな跳び方を見せられたら、認めないわけにはいかない。
―――背すじが、ゾクリとする。
結局展人は5cm刻みで150まで跳んで見せた。

   

 「赤垣くん、本当に陸上部員だったんだねぇ」
隣に立っている世良が呟く。
みんなも呆気に取られた顔をしている。
「だから言ったろ? 俺は陸上部員なんだよ!! こいつが信じなかっただけ!」
展人があたしを指差しながら、怒鳴る。
「まぁまぁ、二人とも落ち着け」
今朝のクラスでの騒ぎぶりを知っている鈴木が割って入った。
板河くんがそのすきに展人に話しかける。
「ようこそ、西山中学陸上部へ。 改めて、部長の板河悟です。えっと、藤谷さんとは……?」
「いとこです」
「いとこ!」
『いとこ』の部分はあたしも同時に返事をしてしまっていたので、校庭中に響き渡る。
みんなが寄ってきて、あたしたち二人を見比べる。
「あんまり似てないね」
「男女だからじゃない?」
「藤谷さん、目が大きいし」
似てないのはあたしがお父さん似で、展人は真季子おばさん似だからだ。
目の大きさはあまり関係ない。
「それよりも練習しようよ。 話なら終わってからでもいいでしょう?」
「まぁ、そうだな。ほら、みんな、練習練習」
部長の一言でくもの子を散らすように、離れて行く。
智穂。
すっかり忘れていた。
暗くなる校庭に女の子一人を置いている、というのもあまりにかわいそうだ。
智穂のところへ走っていく。
「これから六時ぐらいまであるんだけど、先に帰る? それとも美術部に行く?」
「待ってるよ」
「暗くなるから、昇降口か自転車置き場で待っててくれる?」
「わかった」
うなずくのを見届けて集団に戻ると、世良が聞いてくる。
「智穂、どうだって?」
「待ってるって。一応、昇降口か自転車置き場にいて、って言ってきた」
「……なぁ、あの子って藤谷の何?」
香取くんが話しかけてきた。
「あたしの幼なじみで、2-Bのもう一人の転校生」
「うちの部、入るのか?」
「ううん。 あたしたちが走るところ見たい、ってだけ」
「物好きだな」
―――そう言われれば、そうかも。
あたしも世良もそれに答えず、あいまいに顔を見合わせる。

     

    

 あたしの走りも、さっきの展人の跳躍のように誰かの背すじを凍らせるようなものであるだろうか。
それぐらいのものになっていかなければ、県大会で恵庭冴良――世良のいとこだと言うあの人に届かない気がした。



                                          







                                     
第十話(6)・終
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