智穂は結局最後まで外で練習を見ていた。
そして帰りにあたしと世良に尋ねる。
「マネージャーやりたいんだけど、もう誰かいるのかな?」
「ううん。 いないけど、うちの学校マネージャー禁止なんだ」
「そうなんだ」
智穂は残念そうにつぶやく。
『自分たちのことはすべて自分たちでする』という方針から、西山中学のどの運動部にもマネージャーがいない。
「別の部に入っても、試合の時は応援に行ってもいいかな?」
「もちろん」
あたしたちは笑ってうなずいた。
「試合決まったら日にち教えてね」
一ヶ月後の県大会を一番近い試合の日として教えた。
今日もらったばかりの生徒手帳に予定が書き込まれる。
それを見てあたしも世良もつい顔がほころぶ。
「智穂、あたしの家に寄っていかない? お母さんやお姉ちゃん、和紗も喜ぶよ」
「え?」
「世良も来る予定だったし、ね?」
昼休みに職員室前の公衆電話から「もしかしたら懐かしい人が行くかも」と家に電話を入れておいたのだ。
「うん、寄らせてもらおうかな。 連絡入れたいから家に着いたら電話貸してくれる?」
「いいよ」
「ただいま」
「お帰りなさい」
階段から降りてきたところの和紗とちょうどかちあった。
「世良先輩、いらっしゃい……後ろの人、誰?」
「あんたも知ってる人だよ、よく見てみな?」
和紗がまじまじと智穂を見つめる。
「……智穂ちゃん?」
「正解!」
智穂本人ではなく、なぜかその前にいた世良が答える。
「え? 何で?」
「うちのクラスの本日付の転入生なんだ」
和紗が心底驚いたという顔をして、台所に駆け込む。
そして和紗に呼ばれたのだろう、お母さんが玄関先までやってきた。
「智穂ちゃんですって?」
「おばさま、お久しぶりです」
「まぁまぁ、すっかり大人っぽくなっちゃって。 とにかく三人とも入ってちょうだい。 話はそれからにしましょう。お腹もすいてるでしょ?」
「ごめん。 あたし着替えてくる」
あたしは二階の自分の部屋に入って、ベッドに制服を脱ぎ捨てる。
そうしているうちに、下が騒がしくなった。
降りていくと、展人が鈴木と香取くんと一緒に帰ってきたところだった。
「藤谷……何でいるの?」
香取くんが尋ねる。
鈴木はびっくりした顔をしているけれど、声は出さなかった。
「ここあたしの家なんですけど、表札見なかった?」
「えぇっ?! お前ら、一緒に住んでんの?」
「そう。 叔父さん夫婦が九州行っちゃったから、うちで預かってんの」
あたしたちが玄関でごちゃごちゃしているのを聞きつけて、お母さんがやって来る。
「展人くん、帰ったの? あら、お友だち?」
「同じ部活の仲間です」
「あがってご飯食べていってもらったら?」
「今、世良と智穂もいるからみんなでどう?」
鈴木と香取くんは顔を見合わせた後、靴を脱ぎ始めた。
「おじゃまします」
「おじゃまします」
「展人くんは着替えてらっしゃい。 瞳は台所手伝って……えっと、何くんと何くんなのかしら?」
「鈴木です」
「香取です」
「鈴木くんと香取くんね。 あら、鈴木くんって瞳と5、6年の時同じクラスにいなかった?」
「あ、はい、そうです」
「おばさま、電話借ります」
智穂が電話のある玄関先までやって来た。
「どうぞ」
「葛西さんが終わったら、僕と香取にも電話貸してください」
「ええ。どうぞ」
「もうすぐできるから」というお母さんの声で、あたしと和紗はみんなのところに戻る。
「ただいまー。おかーさん、何で、玄関にごつい靴がごろごろ……」
お姉ちゃんが帰ってきて、玄関にある男の子たちの靴を見たようだ。
自分だって普段バスケットシューズはいて歩いているのに、ずいぶんな言いようだ。
女子高生なんだから、革靴とかはいたらいいのに。
「お姉ちゃん、お帰り」
『おじゃましてます』
みんなの声が合唱状態になる。
ひとつの部屋にに成長期のこどもたちが七人。
まさに『みっしり』という言葉が似合いそうだ。
「何? これから何かあんの?」
「何もないよ? みんなでご飯食べるだけ」
お姉ちゃんは顔をしかめながら、頭を押さえる。
「着替えてくる」
ふらふらと居間を出るのをみんなで見送る。
「いつ見ても似てるな」
「あ、お姉ちゃんとあたし?」
「うん」
「でも、和紗ちゃんだって似てきたわよ、水樹さんに。 あたし、さっき見てビックリしたもの」
智穂がすかさずフォローを入れてくれる。
昔さんざん『似てない』って言われてきたの知ってるからね。
「水樹さん、どこの高校行ったんだっけ?」
「千寿西高」
「えっ、もっと上の高校に行ったのかと思ってた! 確か元生徒会長で学年トップだろ?」
香取くんの言葉に、展人と智穂が反応する。
「えっ?! そうなの?」
「そうだよ」
「あたしも生徒会長やってるなんて中学入るまで知らなくて、入学式に驚かされたんだから」
「へぇ、水樹さんにしては意外だな」
「でね、高校のことは担任の先生とかなり揉めたみたいだけど、結局、お姉ちゃんが行きたいところに行ったみたいよ」
「そういや、来週進路希望提出だよな」
鈴木が呟く。
あたしはカバンに入れっぱなしの、進路希望の用紙を思い浮かべる。
何ひとつ決めていないのに、押し出されてしまうのか。
まだ何もしていない。
何もわからないままに。
―――どうして、居心地のいい場所にいつまでもとどまっていられないのだろう。
あたしたちが子どもだからなのか。
大人になったら、居心地のいい場所から動かなくてすむのだろうか。
もしそうなら、早く大人になりたい。
そう思う。
第十話(7)・終