翌日の五時間目はホームルームで、図書室に移動だった。
筆記用具と進路希望の用紙を持って行く。
持って来てない人は、筆記用具のみだ。
あたしは白紙のままの進路希望の用紙を持っていく。
図書室の扉からあわてて出て行く生徒たちの一人とぶつかる。
さっき予鈴の鐘が鳴ったから、教室に戻るためだろう。
「……いた、っ」
肩に勢いよくぶつかられた。
倒れそうになるところを後ろから来た展人に支えられる。
「こらぁっ!! ぶつかっといて、謝りもなしかっ!!」
走り去った生徒たちは誰一人、振り返ることなく姿を消した。
「まったく、ありゃ一年か?……瞳、大丈夫か?」
「うん、平気」
「入口近くで立ち止まるなよ」
展人の肩ごしに振り返ると、鈴木と佐々田がいた。
「いちゃいちゃするなら、別のところでやれよなぁ」
佐々田がからかうように言う。
『いちゃいちゃ』って何よ?!
「そんなことしてない!」
「どう見ても、抱きしめられてるようにしか見えないよ」
「わかる?」
展人が背中に腕を回す。その腕に力をこめたのもはっきりわかった。
悪乗りしないでよね。
怒りで顔が赤くなるのがわかる。
「離してよ!!」
「そこの四人、始めるから入って」
くみちょーが声をかける。
図書館に連れてこられた目的は、『自分の進路を探すこと』だった。
この先に関わることが一時間やそこらでは見つかるものではない。
それぐらいはあたしにもわかる。
そうだとしても、きっかけはつかめるかもしれない。そういうことだ。
『〜になる』本や職業に関する本はみんな群がるように手にとっていた。
でも、あたしはそういった本を手にできなかった。
みんな、どうやってなりたいものや職業を決めているのか。
「智穂は何になりたいの?」
「私、看護婦になるの。高校は近いところに行きたいから、中平北高校に行くつもりよ」
中平北高校は市内で一番近い高校だ。
「佐々田は?」
「俺? 電気か機械工学勉強したいんだ。高校は県工業か白角工業かどっちかに行くつもり」
佐々田は意外と手先が器用だ。
小学校の時、理科の電気の時間にはうまく接続出来なくて電気がつかない班からひっぱりだこだったっけ。
そういえば、一時期『佐々田工務店』なんてあだ名もついてた。
「世良は?」
「あたしは陸上ができるならどこでもいいんだ。 近い高校に行きたいけど、どうなるかまだ判らない」
近いところなら智穂と同じ中平北高校か中平高校、千寿南高校、千寿西高校なんかがあるけど、どこが陸上が強いとかはわからない。
陸上が強いのは、私立高校なのだろうか。
みんなあいまいながら、ちゃんと考えているってことか。
――あたしは、この先どうなっていたいんだろう。
陸上は続けていたい。
陸上部員たちとの絆をつないでくれた、あたしの大事なもの。
練習は大変な時もあって、でも、走る楽しみを知った。
手放したくない。
第十話(8)・終
■『看護婦』という名称について■
2002年より『看護師』に統一されました。
この物語は1991年の設定のため、そのまま使用いたしました。あらかじめご了承ください。