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● TROUBLE MAKER(3)  ●

 「なぜですか? 校則にそんな規定はないはずです」
世良が先に反論する。
西山中学には校則自体はあるものの、公立ということもあってそんなに厳しくなくて髪形やくつについての規定はない。
カバンだけは学校指定のカバンがあるけど。
しかし、いつから、どんな基準からか『上級生だからしてもいいこと』と『下級生がしてはいけないこと』が校則同然に先輩後輩の間でまかり通っている。
世良に反論されても、松浦先輩は何気ない声で返事をした。
「一年生だからに決まってるでしょ」
他の先輩たちは、脇や後ろでクスクスと笑いあっている。
何がおかしいというのだろう。
「じゃあ、なぜ先輩たちはいいんですか?」
松浦先輩は『それが当然』と言わんばかりに、答える。
「決まってるじゃない。二年生だからよ」
数日前のように、理性は簡単に吹き飛んだ。
ただ救いがあったとすれば、あたしの手のひらが握られていなかったことだけだ。
殴ってどうにかなることじゃないのは判っている。
でも、殴らなければ気がすまないのだ。
「……いいかげんにしろ!」
あたしは大きく手を振りあげる。
先輩は頭に腕を組み、打撃から逃れようとしている。
――――こんな奴、『先輩』じゃない。 殴っても意味ない。




 振り上げたその手を、目の前の机に叩き落とす。
ものすごい音とともに、衝撃が手のひらに伝わる。
一瞬にして、周囲が静まり返る。




 松浦先輩――もはや、『先輩』と呼ぶことすらもどかしい――が口を開いた。
「……なぁによ。殴ればいいじゃないの。ほらほら」
あたしが臆病者だから殴れなかったと勘違いしているらしく、身体をこちらに突き出してくる。
その瞬間、隣に立っていた世良が机を蹴り上げた。
松浦は後ろにのけぞって、椅子から立ち上がる格好になった。
後ろにいた他の先輩も、押されて何歩か下がる。
机は下から蹴り上げられた衝撃で、耳障りな音を立てて倒れた。
あたしは痛む右手を左手で押さえたまま、その場で固まってしまう。
世良は普段から乱暴者だけど、こういう、いわゆる『怒った』時は乱暴なことはしない。
本気で怒っている時は、逆に、理論で打ち負かそうとする。
こういう時の彼女が、誰よりも怖い存在であることを知っているのはあたしだけだ。
「勘違いするな、松浦。あたしたちはあんたと同じ卑怯者になりたくないから、殴らなかった。先輩?だからどうしたのよ。たかだか一年先に生まれただけじゃない。尊敬されたいならそれなりに先輩らしくしたら? 変な規則決めて後輩いじめないでさ」
「後輩いじめですって?! そんなことしてないわよ!!」
松浦の後ろにいた、先輩の一人が叫ぶ。
「髪を染めているとか、明らかに校則違反なら確かに注意されるべきです。でも、先輩たちは規定もないのに細かいことをネチネチと責めたてる。理由は目立つからとか生意気だとかそんなところでしょう。これが後輩いじめじゃなくて、何だって言うんですか?」
誰も反論できずに、黙る。
図星なのだろう。



 我にかえったあたしは、教室の前方から一部始終を見ていた部長の奥田先輩に声をかけた。
「奥田部長。 あたし、この部辞めます」
奥田先輩が驚いているのは、その表情だけでわかる。
もはや、敬称をつけることもしたくないが本人の前だ。一気に告げる。
「あたしは松浦先輩の言うことが聞けません。だから、辞めます。それと先輩方」
周囲に目をむける。
あたしが手をあげたのと世良の蹴りにおびえてなのか、皆、下を向いている。
「こんなことがいつまでも続くと思ってますか? だとしたら大間違いです。生徒総会に取り上げられたら大問題になりますよ。『教師の知らないところで上級生たちが無意味な締め付けをしている。学年の違いはあれど同じ学校の生徒同士なのに……』ってね」
あたしの姉が生徒会長であることは既に学校中が知っている事実だ。
任期は九月までだから、まだ現役なのもみんな知っている。
お姉ちゃんに泣きつけば、生徒総会の議題にあげることは簡単だろう。
そんなこと、本当にやるわけないけど。
先輩たちは誰一人として、反論しなかった。
「わかりました。顧問の先生に伝えておきます」
「部長、私も辞めます」
世良が奥田先輩に言うと先輩は更に驚いて目をむく。
「生意気だってだけで後輩いじめをする先輩方と、これから仲良く同じ部活動をやっていけると思ってないのでやめます」
奥田先輩はため息をひとつついてから言った。
「……わかりました。明日までに、顧問の片倉先生に退部届けを出してください。二人が辞める事は私から伝えておきますから、防具も引き取りに来てくださいね」
「はい」
二人そろって、元気よく返事をする。
「では、二人以外は部室に戻ってください」
声をかけられ、教室からひとり、ふたりと部室に戻り始める。


 若生朝子わこうあさこにだけは謝っておかなくてはいけないだろう。
一年生が三人しかいない部活動で、結果的に一人取り残されてしまったのだから。
「若生さん」
教室を出て行こうとする彼女に声をかける。
「ごめんね」
それだけしか言葉が出なかった。
若生さんは首を左右に振ると、返事をすることなく出て行った。




 松浦先輩だけが、こちらをにらみつけながら捨て台詞を吐いていく。
「覚えてろ」と。



                        



                                                 
第四話(3)・終
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