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● 初嵐 1  ●

 文化祭が終わって、家に帰ってきて着替えてご飯を食べてお風呂に入ってベッドに転がってもあたしはふわふわした心地よさから抜け出せないでいる。
そっと唇にさわると、鈴木の唇の感触が残っている気がする。
――何で、キスしたの?
聞けないまま、あたしたちは金庫を部室にいた板河くんに預けて後夜祭を終えてすっかり暗くなった学校を出た。
片付けは明後日、どの教室もみんな一斉にやるらしい。
帰り道、いつものように手はつないでいた。
初めてのキスにはちょっと早いんじゃないかとか、どんな顔して鈴木のこと見たらいいのかとか頭の中でぐるぐる回っている。


 そして、鈴木はいつものように分かれ道の交差点で「じゃあな、気をつけて」と自分の家のほうへ歩いて行ってしまった。
鈴木の背中を見送ったあたしはそのまま膝から崩れ落ちそうになる。
鈴木はキスしたことも忘れたみたいな態度を取っていた。
じゃあ、こんなにあわててるのはあたしだけ?
でも初めてなんだから、あわててもおかしくないよね。
まさか鈴木は初めてじゃないとか?!


 悔しい。
これじゃあたしばっかりが好きみたいだ。
ふと時計を見ると、もう11時になろうとしている。
明日は文化祭の振り替え休日だ。
部活動はない。
考え事してたとはいえ、早く寝なくちゃ。
明日は鈴木の顔を見なくていい。
また明後日からいつもの顔で2年B組や陸上部のみんなの前に出られるだろうか?
眠りにつくまであたしは高くなるばかりの鼓動と、ふと心にわきあがる嵐のような騒がしさを静めるのが精一杯だった。



 次の日の朝、和紗と一緒に遅めの朝食を取っていたら電話が鳴った。
和紗が玄関先にある黒電話を取る。
「はい、藤谷です」
何か二言三言しゃべった後で、あたしが呼ばれた。
「お姉ちゃん、智穂ちゃんから電話」
智穂?
和紗から受話器を受け取る。
「瞳」
智穂の声が聞こえた。
「智穂? どうかしたの?」
「あのね、相談したいことがあるの。 今日、瞳の家に行ってもいい?」
「ちょっと待ってて」
あたしは受話器の片方を押さえたまま、台所にいるお母さんに叫ぶ。
「おかーさーん! 智穂、家に呼んでもいいー?!」
「いいけど、何時ごろなのー?」
「まだ決めてないー」
「じゃあ、決めてちょうだいー」
受話器を持ち直して、智穂に話しかける。
「智穂、何時ぐらいに来るのか聞いてってお母さんが」
「今……は、10時過ぎだから、1時半ぐらいに行くって伝えて」
「わかった。 待ってるね」
「それじゃあ、またね」
智穂はそう言って電話を切った。


 それにしても珍しい。
いったい何なんだろうか?
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