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● 初嵐 2  ●

 智穂は約束の時間の5分前に来た。
そしてなぜかその背後には世良がくっついていた。
「おはよー」
世良が眠そうな声であいさつしてきた。
っていうか、もうお昼過ぎてるんだけど。
今日、休みだったからずっと寝てたのかな。
「先にあがってて」
「おじゃまします」
「おじゃましまーす」
二人を家の中に呼んで、あたしの部屋に先に行っててもらう。
あたしはお母さんが用意しててくれた、お茶とお菓子を持って階段を上がろうとする。
「あら、今二人分の声が聞こえた気がするんだけど?」
お母さんがそう言うので、あたしも答えを返した。
「うん。 智穂と世良が来たよ」
「そうなの? お母さんてっきり智穂ちゃんだけ来るのかと思ってたわ」
あたしだって、ついさっきまでそう思ってましたとも。
「展人は?」
「お友だちと市の図書館に行ってくるって、朝早くに出て行きましたよ」
「そうなんだ」
佐々田や鈴木たちとかな?
鈴木の顔を思い浮かべた瞬間、顔が熱くなった気がした。


 あたしが部屋に戻ると、二人ともそこが自分の部屋みたいにくつろいでいた。
世良はベッドに座ったまま寄りかかっているし、智穂ははいてきた長いスカートを崩さないように足を伸ばしている。
「ねぇ、これの続きないの?」
世良がマンガ本を手にしたまま、あたしに聞く。
「それは先月出た新刊だから、続きはまだないよ」
「ふぅん。 続き出たら貸してくれない?」
「いいよ」
あたしは机の上にお茶とお菓子ののったお盆を置くと、二人にお茶を渡した。
「熱いから気をつけて」
あたしはいすを机の前からひっぱり出して座る。


 三人ともお茶を飲んで、一息ついたところであたしが智穂に聞いた。
「智穂、『相談がある』って電話で言ったよね?」
智穂は声を出さずに、うなずいた。
「それってあたしに答えられることなの?」
「……うん。 瞳じゃなきゃダメだと思うの」
あたしじゃなきゃダメなんて、いったいどんな相談なの?
「瞳は今、鈴木くんが彼氏だよね?」
「うん。 そうだけど」
「それって鈴木くんから告白されたの? それとも自分からしたの?」
「えっ……」
それを聞かれるとは思わなかった。
そういえば智穂や世良には「鈴木が彼氏になった」としか言わなかったような気がする。
「あたしが『好き』って言った。 本当はそこで言うつもりなかったんだけどね」
もしあの県大会3日めにプロミスリングを渡さなかったら、きっと今も言ってない。
卒業まで隠したと思う。


 「そんな、言うつもりがなくても『好き』って言えるものなの?」
智穂はさらにあたしに問いかける。
「うん。 ……っていうか、あたしの場合は目の前に本人がいたし、最初の『好き』は冗談だと思われたけど」
「うわ、鈴木サイテーじゃん」
世良が合いの手を入れる。
「でも、あたしが怒ったら本気だって思ったみたいで、もう一回『好き』って言ったら……」
そこでふと、あたしは考え込む。
そういえばあたしあの時、鈴木から『好き』って言われたっけ?


 「おーい、瞳、どうしたー?」
「瞳……?」
智穂と世良があたしの異変に気づいて、かわるがわる声をかけてくれる。
「や、それはおいといて、で、智穂の相談って何?」
あたしは話題を変えようと、わざと明るい声を出した。
「……あのね、あたし昨日告白されたの」
「はぁっ?!」
あたしと世良は持っていたお茶を落としそうなぐらいに驚いた。
「えっ、ちょ、誰に?」
「そういえば、昨日昇降口で待ってたけど戻ってこなかったよね。 もしかして、その時に?」
あわてるだけのあたしとは逆に、世良が昨日の様子を思い出しながら智穂に聞く。
智穂はうなずいた。
智穂はずっと男の子みたいだったあたしなんかと違って、とてもおっとりしてて控えめな子だ。
普通にしててもおしとやかに見えるぐらいに。
その智穂に告白した男子がいるなんて、あたしたちも知っている人間だろうか。



 「……陸上部に黒川くんっているでしょ?」
智穂がそう言った瞬間、心の中を「まさか」という思いが駆け抜ける。
黒川くんと智穂には何にも接点がない。
部活も違うし、黒川くんはC組だから同じクラスでもない。
智穂は転校生だから委員会には入ってない。
とすると、やっぱり……。


「智穂に告白してきたのって、黒川くん、ってこと……?」
あたしは智穂に聞き返す。
智穂がゆっくりとうなずいたのをあたしの人一倍大きな目は見逃さなかった。
 
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