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● カルナバル 16  ●

 あたしたちは三年の教室に行ってヨーヨー釣りをしたり、委員会の展示を見たり、茶道部のお茶?を飲んでみたり、手芸部の作品を見たり、科学部の液体窒素の実験に参加してみたりして楽しんだ。
茶道部のお茶は作法とか知らないんだけど、隣の鈴木のまねをしてから飲んだ。
机といすがあったから足はしびれなかった。
それにしても『結構なお手前で』なんて初めて言ったよ。
何でそういうのまで知ってるの?
隣を見るたびに鈴木がりりしく見えて、いつも以上にドキドキする。
廊下を歩きながら鈴木に聞く。
「何でお茶の作法、知ってるの?」
男子はこういうの知らないと思ってた。
まぁ、あたしも女子なのに知らないんだけど。
「あぁ、うちの母親が昔やってたらしくて、俺もたまにつきあわされたから」
「……そ、そうなんだ」
お茶やお花とかってお嬢様だった人が習うものかと思ってた。
鈴木のお母さんってどこかいいところのお嬢様だったのかな?


 2年E組の教室に行くと、当番の展人と板河くんが待っていた。
そういえばこの二人が一緒にいるのを見るのは珍しいかも。
「お前ら、おせーよ」
展人が言うのを聞きながら、あたしは目の前に男子テニス部から引き換えてきたたこ焼きを袋ごと差し出した。
「おわびにあげる」
「佐々田のとこのだろ? もう飽きた」
「じゃあ俺がもらうよ」
板河くんがあたしの手からたこ焼きを持っていった。
「展人、これあげる」
あたしはスカートのポケットからわたあめの引換券を出して、展人に渡した。
鈴木と一緒にいたから、引き換えにはやっぱり行きづらかった。
梁瀬さんがいなくても、ああやって言われたってことは卓球部の女子は全員知ってる可能性もあるんだよね。
「写真、はがされたのは藤谷のだったよ。 今日はやられてないだろう?」
鈴木が板河くんに言ったので、あたしは写真を取り出した。
「何でお前らが持ってんの?」
展人が聞いてきた。
「一階の水飲み場で拾ったんだ。 犯人が捨ててったんじゃないか?」
「今日はやられてないから昨日のだな。 それにしても藤谷の写真を持っていくってことは犯人は女子かもな」
「え?」
板河くんの言葉に一瞬、ドキッとする。
「ほら、藤谷は有名だったから」
「あぁ」
去年はお姉ちゃんがいたからね。
鈴木は犯人を誰とは言わなかった。


 展人と板河くんがいなくなって、あたしたちは当番をしようと受付のいすに座る。
「藤谷、どうかしたのか? さっきから元気ない」
何でもない、って言おうとして、あたしは下を向いてしまう。
『横から奪った』
投げつけられた言葉が胸に刺さってる。
「何かあるなら言ってくれ。 でないと、俺はわからない。 藤谷のことを知りたいんだ」
「……あのさ、告白するのに『横から奪った』とか『ズル』とかってあるのかな? 今日、そう言われちゃって『あたしはズルして鈴木の隣を手に入れたのかな』って考えちゃったんだ」
「藤谷は何のズルもしてない」
鈴木は怒ったような声で、はっきりと言った。
「俺がちゃんと知ってる。 お前は俺に真正面からぶつかってきた。 言われた瞬間はとっさに信じられなくて『嘘だろ?』って言ったけど、本当に嬉しかった。 だから、ズルしたとかそんなこと思わなくていい、好きならどんなズルしたって手に入れたくなるんだ」
あたしはびっくりして言葉を返せない。
「……鈴木も?」
聞き返すのがやっとだ。
「え?」
「鈴木もそうなの?」
『好きならどんなズルしたって手に入れたくなる』
それはあたしのことだって思っていいの?
「そうだよ」
幸せすぎて涙がこぼれそうだった。
好きな人があたしのことをそんな風に想ってくれているなんて。


 二日目ももう終わるところだからか、廊下に時々話し声が聞こえるけど展示を見に来る人はいない。
窓から見える校庭には後夜祭の準備が始まっている。
「見ないで」
泣きそうで、真っ赤になっているだろうあたしの顔を心配そうに見つめる鈴木に言う。
「いやだ」
そんなこと言ったって泣きそうな顔を見られて嬉しい人なんかいるわけないでしょうが。
でも、目が合ったまま鈴木の視線から逃れられない。
鈴木がいすから身を乗り出した。
逃げたかった。
でも、逃げられない。
視線が怖くなって目を閉じてしまう。
唇に何かが触れた。
さっきまで二人で飲んでいたラムネの甘さで、ようやく鈴木の唇が触れているんだとわかった。
こ、これってキスってやつだよね?!
あたし、初めてなんだけど!

 
 鈴木は混乱するあたしから離れて、何も言わずに窓に近づいて外を見ている。
こんな時には何て言ったらいいの?
何も言わないほうがいいの?
鈴木の後ろ姿を見ながらあたしは夢を見ている気分だ。
でも、ここから見える鈴木の耳が赤いのはさっきのできごとが夢ではないと言っているみたいだった。
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