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● 初嵐 10  ●

 9月15日、日曜日。
あたしたち西山中学陸上部は中平市の富士見が丘競技場にいた。
今日は相川・南町・西山の三校合同記録会の日だ。


 開会宣言のアナウンスが競技場に響く。
何だか県大会を思い出す。
あたしたちはあの時と同じようにビニールシートで自分たちの場所を取って、そこに座っていた。
今日はあたしと展人じゃなくて、保健の桂木先生がビニールシートや必要なものを車で持ってきてくれた。
「え、何で桂木先生?」
園部くんが板河くんに聞く。
「何でって、そりゃ……」
「これでも一応陸上部の副顧問なんだよね、私」
桂木先生の言葉にみんなが驚いた。
「えぇーーっ!!」
「本当に?」
「先生、いつから?」
「最初からだよ。 技術的なことは私は何もわからないから、全部山内先生にまかせっぱなしになってた。 でも、せっかく副顧問になったのに何もしないのもどうかなと思って、今回から参加します!」
あたしも含めて、みんなあっけにとられている。
でも、今まで山内先生に全部言ってきたけど、女の先生がいるのは何かあっても話しやすくなるかもしれない。


 「藤谷」
呼ばれた声に振り返ると、黒川くんがいた。
黒川くんのことは智穂もあの大泣きした日から何も言わなかった。
川添さんのことも伊狩さんのことも、何もなかったように過ごしている。
「葛西さんって、今日は来ないのか?」
智穂は今日は来ないことになっている。
黒川くんや川添さんを避けているわけじゃなくて、お兄さんの結婚相手の家の人と会わなくちゃいけないんだって。
結納?とか言ってた。
結婚する人って結婚式以外にいろいろやることが多いんだなぁ。
『結婚』って言葉を思い浮かべて、つい鈴木の姿を探してしまう。
それにしても今日の智穂の事情を黒川くんが知らないなら、わざわざ言うまでもない気がしていた。
「……お前ら、何か言ったんだろう」
「は?」
いきなり言われて、何だかわからない。
「お前や河内が、葛西さんに『今日は来るな』とか言ったんじゃないのか?」
頭の中で黒川くんの言っている意味がわかったとたん、頭に血が昇る。
「そんなこと言ってない! 智穂は用事があるから来ないんだよ!」
「そうだよ。 それに何であたしたちがそんなこと言わなくちゃいけないの?」
そばで聞いていた世良が黒川くんに聞き返す。
「どうだか。 お前ら、俺が葛西さんに告白したの知ってるんだろ?」
「それは……」
知らないふりをすればいいのかわからずに『知ってるけど、』と答えようとした瞬間、黒川くんの声がかぶさってきた。
「藤谷なんか幼なじみなのを利用して『黒川と話すな』とか『あいつとつきあうな』とか葛西さんに指示してるんじゃないのか?」
「何で……」
何でそんなこと言うの?
あたしは智穂が望むなら、誰とつきあってもいいと思ってる。
それは黒川くんでも他の誰かだとしても同じだ。
なのに、そんなことを言われなきゃいけないほど、あたしはひどいことをしてるの?


 「黒川」
黒川くんを呼ぶ声は、あたしのすぐそばから聞こえた。
あたしの目には涙がにじんでいて、誰が呼んだのかはよく見えない。
でも、声でわかった。
いつも隣から聞こえる、声。
「お前、何しに今日ここまで来たんだ」
その声は普通にしゃべっているようでいて、それでも少し怒っているようにも聞こえる。
「俺の彼女泣かすために来たなら、荷物持って今すぐ帰れ!」
鈴木の怒鳴り声が秋の空に響いた。

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